第91話 共同作業
翌日から、ベルナールは毎朝、執務室へ現れるようになった。
最初は遠慮がちに書類の隅へ目を通すだけだった。だが数日経つ頃には、自ら帳簿を手に取り、古い記憶を辿りながら数字の裏を語るようになっていた。
絞り込んだ監査項目は七つになった。
旧勇者派への功労金、戦時国債の借り換え、傭兵報酬の未払い分――過去に不正の温床になった項目を、ベルナールが自らの記憶を頼りに洗い出していった。
「この項目は、当時の宰相府が意図的に曖昧にしていた」
「なぜ、そんなことを」
「訊くまでもない。誰かの懐に入っていたからだ。私も、見て見ぬふりをした」
ベルナールは感情を交えずにそう言った。懺悔ではなく、事実として述べているだけだった。
アレンはその情報を一つずつ、書類に落とし込んでいった。
「あなたがいなければ、この項目を見つけるのに、あと一月はかかっていました」
「礼を言われる筋合いはない。私が、この国をこうしたのだからな」
「事実として、感謝しています。それとこれとは、別の話です」
以前、玉座の間で自分が口にした言葉と同じ形をしていた。
ベルナールは一瞬だけ驚いた顔をして、それから小さく笑った。
「……お前らしい言い方だ」
机を挟んで作業をする二人の姿は、傍から見れば、奇妙な光景だっただろう。かつての裁く者と裁かれた者が、同じ数字を見つめている。
夕方、リアーヌが顔を出した。
「進捗はどうですか」
「順調です。七項目まで絞り込みました」
「思ったより、早いですね」
彼女の視線がベルナールに向く。二人の間には、まだ完全な和解はない。だが、以前のような刺々しさも消えていた。
「宰相閣下の記憶に、随分助けられています」
「……そう、ですか」
リアーヌは短く頷き、それ以上は何も言わなかった。時間が必要なのは、彼女も分かっている。
部屋を出ていく彼女の背中をベルナールがしばらく見送っていた。
「あの方は、私を許してはいない」
「はい」
「それでいい。許されるために、この作業をしているわけではない」
ベルナールは静かにそう言って、また書類に目を落とした。
夜遅く、若い戦後処理官が息を切らして駆け込んできた。
「南の国境から報告です。アウストリアの使者団が、こちらへ向かっています」
「アウストリア?」
その国名にアレンの手が止まった。
「用件は」
「“支援の申し出”とだけ。詳細は、到着してから話すと」
部屋の空気が一段冷えた。
アレンはしばらく黙って窓の外を見た。
あの国の名前が持つ意味を忘れたことはない。
戦後処理官は知っている。
好条件に聞こえる申し出ほど、その裏側を先に読んでおく必要があるということを。
次話、いよいよヴェルナーが姿を見せます。




