第88話 孤立
リアーヌが自ら民の前に立つと言い出したのは、焼き討ちから三日後のことだった。
執務室に踏み込んできた彼女の目には、迷いがなかった。
「止めても、行くつもりですか」
「はい」
「危険です」
「危険でないことを、この国はもう何一つ選べません」
その一言に、アレンは、それ以上引き止めなかった。
王都の広場には、朝から人が集まっていた。噂を聞きつけた市民、配給待ちの列を離れてきた者、遠巻きに様子を伺う商人。誰もが、固唾を呑んで見守っている。
彼女は王都の広場に集まった民衆の前に、供もつけず立った。
「北の村が焼かれたのは、私たちの――私の判断の遅れです。それは認めます」
声は震えていたが、止まらなかった。
「ですが、一つだけ言わせてください。あの村を焼いたのは、“英雄の遺志を継ぐ”と名乗る人たちです。焼かれたのは、この国の民です。あなたたちの、隣人です」
広場を埋めた声が、途切れた。
「英雄が守るべきだったのは、剣を振るう理由ではなく、剣の届く先にいる人たちだったはずです。それを忘れた遺志は、もう遺志とは呼べません」
演説は、拍手では終わらなかった。だが、それまで囁かれていた「処理官が来てから被害が増えた」という声は、次第に小さくなっていった。
変化は、思わぬところから来た。
その週のうちに、ガルドの陣営から脱走兵が相次いだ。
「英雄の遺志が、村を焼くことだとは思わなかった」
投降した若い兵の一人は、そう呟いたという。
情報を持ち込んできた元兵士から話を聞いたアレンは、静かに頷いた。
「ガルドは」
「まだ丘に残っています。ですが、周りの人数は、半分以下に」
数日後、丘の旗は数を減らしていた。かつて二百を数えた勢力は、今や数十。
最後の対峙は、戦闘にはならなかった。
ガルドは荷をまとめ、部下も連れずに丘を降りてきた。アレンの前に立ち、剣を地面に置く。
「……負けたのは、俺じゃない」
低く、そう言った。
「あんたにも、あの女にも、負けちゃいない。俺は、俺の部下に、見限られただけだ」
「それは、負けたということです」
アレンは静かに言った。
「ですが、記録には残します。あなたが最後まで、剣を人に向けなかったということも」
ガルドは地面に置いた剣を、しばらく見下ろしていた。
「……レオン様は」
低く、それだけ呟いた。答えを期待した声ではなかった。
アレンは何も答えなかった。答えを持っていなかったからだ。
ガルドは小さく頷いて、それ以上は何も言わなかった。連行されていくその背中は、丘の上で見た時よりも、ずっと小さく見えた。
戦後処理官は知っている。
旗が倒れるのは、外から折られたときより、内側から見限られたときのほうが、ずっと静かだということを。
残党編、ひとまず決着です。次話から財政問題が本格的に牙を剥きます。




