第87話 武力の代償
三日という猶予は、あまりに短かった。
交渉の使者を三度送ったが、いずれも門前払いだった。防衛の兵を配置し直す一方で、ガルドの説得も諦めない。二つの手を同時に伸ばした結果が、どちらも半端になることは、頭の隅で分かっていたはずだった。
三日目の夜、北の村が焼かれた。
撤収要求に応じなかった報復だと、後に分かった。死者は七名。負傷者はその倍以上。
現場に着いたとき、村はまだくすぶっていた。焦げた梁の匂いが、夜風に混じって漂っている。泣き声と、呆然と立ち尽くす人々の沈黙が、同じ場所に同居していた。
「……なぜ、防げなかった」
リアーヌの声は、怒りよりも、悲鳴に近かった。
「兵を配置していたのでは」
「配置していました。ですが、数が足りませんでした」
アレンは、焦げた家屋の前で膝をつく老婆の姿から目を逸らさなかった。
「猶予の三日間、私は交渉と防衛の両方に人員を割きました。結果として、どちらも中途半端になりました」
「それを、判断ミスと呼ぶんですか」
「呼びます」
アレンは短く答えた。
「記録に残します。私の判断が、この七名の死を防げなかったという事実として」
その淡々とした言葉に、リアーヌは何も言えなくなった。責めたかったはずなのに、責める相手が先に自分を裁いていた。
王都に戻ると、既に噂が広まっていた。
「処理官が来てから、被害が増えている」
「あの人の方針は、結局机上の空論だ」
「英雄がいた頃のほうが、まだましだった」
配給所の列でも、市場でも、そんな声が聞こえた。ガルドの陣営が意図的に流した噂もあれば、素朴な不満もあった。区別はつかない。
若い戦後処理官が、青ざめた顔で報告に来た。
「支持率――というものがあるなら、間違いなく落ちています。このままでは」
「このままでは、何です」
「……民衆が、ガルド側の言い分に耳を傾け始めます」
アレンは、地図の上の焼け跡の印を、じっと見つめた。
武力に武力で応じれば、この国は再び戦場になる。だが、何もしなければ、次の焼き討ちを止められない。
どちらの道も、代償を求めている。
クラウスが、静かに口を開いた。
「武力で潰すのは、いつでもできる。あんたが望むなら、俺たちにもそれくらいの手駒はある」
「知っています」
「だが、それを選ばないんだろう」
「はい」
アレンは、地図から目を離さずに答えた。
「剣で終わらせれば、次の“英雄の遺志”を掲げる誰かが、また生まれます。終わらせなければならないのは、あの丘の兵たちではなく、彼らがすがっている物語のほうです」
窓の外、夜空を仰ぐ。あの丘の向こうに、まだ答えを待っている目をした男がいる。
戦後処理官は知っている。
武力の代償は、燃えた家だけでなく、失われた信頼という形でも、静かに積み上がっていくということを。
本作らしい、正面から殴らない苦しさの回です。




