第85話 英雄の遺志
輸送路襲撃から三日後、アレンは自ら北の国境へ向かった。
クラウスが同行を申し出たが、最小限の護衛だけを連れて出た。数で威圧するのではなく、話をしに行くのだと、繰り返し言い聞かせた上での判断だった。
丘陵地帯に近づくにつれ、風に乗って何かの音が聞こえてきた。剣を打ち鳴らす音、規則正しい号令。ただの野盗の集まりではない。
北の丘陵に、旗が並んでいた。
勇者団の紋章――色褪せてはいるが、間違いなく本物だ。その数、およそ二百。武装した集団が、丘の上に整然と布陣していた。統率の取れた並びに、護衛たちの間に緊張が走る。
「話し合いの余地は」
アレンの問いに、先行した斥候が首を振る。
「使者は送りました。返答はこれです」
差し出された矢の先には、布が巻かれていた。開くと、短い一文だけがあった。
――裏切り者に用はない。
乾いた文字が、迷いのなさを物語っていた。アレンは、その布をしばらく見つめてから、静かに折りたたんだ。
丘の上、旗の中央に、一人の男が馬に乗って現れた。大柄な体躯。傷だらけの顔。忘れようのない姿だった。記憶の中の彼より、さらに一回り大きく、そして荒々しく見えた。
「……ガルド」
アレンが呟いた名前に、周囲の護衛が息を呑む。
かつての勇者パーティの一人。捕虜交換を「情けをかけるな」の一言で突っぱねた男。あの日以来、消息は追えていなかった。
「久しいな、戦後処理官」
ガルドの声は、丘の下まで届くほど大きかった。
「英雄が切り捨てられ、無能な役人がこの国を差配する。そんな世を、俺は認めん」
「私は役人ではありません。処理をしに来ただけです」
「同じことだ」
ガルドは剣を抜き、天に掲げた。
「英雄の遺志を、俺たちが継ぐ。レオン様が示した道を、たとえ本人が消えようと、俺たちは歩き続ける」
周囲の兵たちが、剣を打ち鳴らして応えた。歓声にも似た音が、丘全体を揺らす。
アレンは、その光景を静かに見つめた。
「レオンは、この場にいないのですか」
「……それは、お前が知る必要のないことだ」
ガルドの目が、一瞬だけ揺れた。アレンは、その揺れを見逃さなかった。だが、今この場で追及しても答えは出ない。
「あなたたちの目的は」
「この国を、英雄の手に取り戻す。お前たちのような、感情のない処理屋の手からな」
「感情がないわけではありません」
アレンは、初めて声のトーンを変えずに、しかし強く言い返した。
「ただ、感情で判断を曲げないだけです」
「その違いが、俺には分からん」
ガルドは剣を鞘に収めた。
「三日やる。全ての処理権限をこの国から撤収しろ。さもなくば――次に燃えるのは、輸送路ではない」
馬首を返し、丘の向こうへ消えていく。
残された沈黙の中、リアーヌが震える声で言った。
「本気ですか、あの人」
「本気でしょう」
アレンは丘を見上げたまま答えた。
戦後処理官は知っている。
英雄の名を掲げる者ほど、その名の重さに、自分自身が押しつぶされていくということを。
ガルド、本編1話の回想以来の再登場です。




