表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能と追放された〈戦後処理官〉、英雄たちの失敗を全部押し付けられていただけでした 〜だが、唯一の”後始末役”を失った国は、英雄ごと自滅していった〜  作者: 風牙シオン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
81/99

第81話 財政再建、着手

 与えられた執務室は、埃をかぶったままだった。棚には古い書類が乱雑に積まれ、机の上には、誰かが使いかけたまま置き去りにしたインク壺が乾いている。


 台帳は、三年分が未整理のまま積まれていた。


 トマスが恐縮した様子で説明する。


「前任の財務官が、半年前に逃げ出しました。以来、誰も手をつけていません」


「引き継ぎは」


「ありませんでした」


 アレンは頷きもせず、山積みの帳簿に手を伸ばした。


 その夜、明かりを落とさずに、机に向かい続けた。ページをめくる音だけが、静かな部屋に響いていた。


 アレンはその山を一晩でざっと読み解き、翌朝には三枚の紙にまとめていた。歳入の実数、歳出の実数、そして両者の差――赤字の正体。


「……一晩で、これを」


 若い財務官が、紙を受け取ったまま固まっている。


「概算です。誤差はありますが、方向性を決めるには十分かと」


「方向性、というと」


「まず、意味のない支出を止めます。次に、意味のある支出の優先順位をつけます。両方同時にはできません」


 アレンは机の上に地図を広げた。北方三州、南部の穀倉地帯、そして王都そのものに、赤い印をつけていく。


「王都の備蓄を最優先にします。次に穀倉地帯の治安維持。北方三州は……当面、切り捨てます」


 部屋にいた官吏の何人かが、息を呑んだ。


「切り捨てる、とは」


「今の戦力と資金では、三州すべてを同時に立て直せません。優先順位が低い地域から、順に手を離すということです」


「その地域には、まだ人が住んでいます」


「存じています」


 アレンは表情を変えなかった。


「ですが、全員を救おうとして全員を失うより、救える人数を確実に救うほうがいい。これは、私がこの国でずっと否定されてきた考え方です」


 その一言に、部屋が静まった。


 誰も、それ以上は反論しなかった。


 扉が開いたのは、その直後だった。


「――財政の全権を握ったと聞いた」


 若い女性が、供も連れずに立っていた。装いは質素だが、背筋の伸ばし方に、育ちの良さが残っている。


「リアーヌです。今は……この国を預かる立場にあります」


「アレン・クロウです」


 名乗ると、リアーヌの目が一瞬、鋭くなった。


「知っています。あなたの名前は、この国では誰でも知っている」


 皮肉なのか、単なる事実なのか、判断がつかない口調だった。


 リアーヌは部屋の中を見回した。埃を払われた形跡もない棚、片づけかけの帳簿の山。それから、もう一度アレンを見た。


「本当に、一晩でこの国の財政を読んだのですか」


「概算です」


「それでも、前任の誰よりも早い」


 その言葉には、わずかな驚きが混じっていた。


「北方三州を切り捨てる、と聞きました」


「はい」


「私の民です」


「はい」


 アレンは目をそらさなかった。


「切り捨てるのが、私の判断です。反対されるなら、代案を伺います。ただし――希望的観測は代案とは呼びません」


 リアーヌはしばらく黙っていた。


 やがて、小さく息を吐く。


「……代案は、今はありません」


「なら、この方針で進めます」


「ですが」


 彼女は初めてアレンの目をまっすぐに見た。


「切り捨てた地域を、後で必ず取り戻すと約束してください。忘れられたままでは困ります」


 その要求に、アレンはわずかに目を細めた。


「約束します」


 短く答えた。


 戦後処理官は知っている。


 救えなかった場所を「忘れない」と誓う人間がいる限り、選別は非情にはならないということを。

新しい女王リアーヌ、登場です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ