第8話 内部の敵
反発は、予想よりも静かに、しかし確実に広がっていた。
表向き、城下町は落ち着いている。暴動は起きていないし、公共事業も止まっていない。だが、アレンのもとに上がってくる報告書の行間には、はっきりとした“歪み”が見え始めていた。
「……貴族会議が、非公式に集まっています」
エレナが淡々と告げる。
「名目は“復興状況の共有”ですが、実際はあなたの権限について、でしょうね」
「でしょうね」
アレンは驚かない。
むしろ、遅いくらいだと思っていた。
戦後処理は、必ず既得権を踏む。
今まで曖昧にしてきた責任と利権を、無理やり整理するのだから。
「主導しているのは?」
「第三家のラドゥス卿。軍との繋がりが強い」
「無能ではない」
「ええ。だから厄介です」
その日の午後、王城の小会議室で臨時の協議が開かれた。
集まったのは、数名の貴族と軍幹部。顔ぶれは控えめだが、全員が“発言力のある側”だ。中央に立つラドゥス卿は、灰色の髭を整え、落ち着いた声で口を開いた。
「アレン殿。我々はあなたの手腕を評価している」
「光栄です」
「だが――」
言葉を区切り、周囲を見回す。
「あなたは、この国の人間ではない」
「事実です」
「しかも、前の国では追放された身だ」
視線が集まる。
責めるというより、“確認”だ。
「この国の中枢を、そこまで任せてよいのか。我々は、それを懸念している」
アレンは、即座に否定しなかった。
「懸念は、もっともです」
「……ほう?」
ラドゥス卿が眉を上げる。
「では、権限の縮小を受け入れると?」
「いいえ」
アレンは、机の上に一枚の書類を置いた。
「こちらは、ここ一ヶ月の復興進捗と、それに伴う支出・回収の一覧です」
「それが何だと?」
「権限を分散した場合の、失敗例も添えています」
軍幹部の一人が、書類に目を落とし、顔色を変えた。
「……この数字」
「分散統治をした場合、三ヶ月以内に資金が詰まります」
「なぜ分かる」
「既に、同じ失敗を何度も見てきました」
アレンの声は低く、感情がない。
「私は、この国を支配したいわけではありません」
「では、何が目的だ」
「戦後を終わらせることです」
沈黙。
ラドゥス卿は腕を組み、しばらく考え込んだ。
「……ならば、我々に何を求める?」
「役割です」
アレンは即答した。
「貴族には、地域ごとの責任を。軍には、治安維持と労働保護を。曖昧な“口出し”ではなく、明確な責任を」
「……失敗すれば?」
「その責任は、私が引き受けます」
会議室の空気が、ぴしりと張り詰めた。
――また、責任だ。
誰もが避け、押し付け合ってきた言葉を、この追放者は平然と差し出す。
ラドゥス卿は、深く息を吐いた。
「……分かった。だが、忘れるな」
「何を」
「我々は、完全には味方にならない」
アレンは頷いた。
「それで十分です」
会議は、決裂せずに終わった。
だが、和解でもない。
その夜、マルクが酒を持って執務室に現れた。
「貴族ども、静かだな」
「ええ。嵐の前の静けさ、かもしれません」
「怖くないのか」
「怖いですよ」
アレンは、珍しく正直に言った。
「ですが、怖がって止まれば、もっと多くが死にます」
「……あんたは、いつもそれだな」
マルクは酒を一口飲み、言った。
「敵を作らないようにしてるが、結果的に全方位から睨まれてる」
「よく言われます」
同じ頃、王国では。
英雄たちのもとに、不満が直接届き始めていた。
「なぜ、グランツは立て直せて、我が国は混乱している」
「戦争は勝ったのに、なぜ生活が苦しい」
勇者レオンは答えられなかった。
彼は戦い方は知っている。だが、終わらせ方は知らない。
一方、グランツ。
アレンは一人、書類の山に向かいながら、静かに理解していた。
――内部の敵は、排除すべき存在ではない。
――管理すべき“現実”だ。
戦後処理官は、敵を倒さない。
ただ、逃げ場のない責任の置き場所を、淡々と作る。
それがどれほど嫌われる仕事かを、知った上で。
(第8話 了)




