第7話 選別という決断
城門前の混乱は、一晩で収まるようなものではなかった。
条件付き受け入れの布告が出された翌日も、門の外には人が集まっていた。数は減ったが、視線は鋭くなり、言葉は刺々しい。
「昨日まで入れてたじゃないか!」
「今さら条件だと?」
「選り好みする余裕があるってのか!」
兵士たちは盾を構え、必死に列を保っている。
その後方、城壁の上から、アレンはその様子を見下ろしていた。
「……思ったより、早いですね」
隣に立つマルクが舌打ちする。
「不満が溜まる速度は、食い物と同じだ。腹が減りゃ、すぐ爆発する」
事実だった。
人々は希望を抱いて集まり、その希望を“条件”という言葉で切られた。理屈が正しくても、感情は納得しない。
「暴動になりますか」
「このままならな」
マルクの視線は門前の人混みから離れない。
アレンは、静かに息を吸った。
「なら、時間を与えましょう」
「……時間?」
その日の午後、城下町の広場で臨時の説明会が開かれた。
兵に囲まれた即席の演壇。その中央に、アレンは一人で立った。
ざわめきが、波のように押し寄せる。
「役人が出てきたぞ」
「昨日の決定をした奴だ」
「どうせ、綺麗事を――」
アレンは、声を張らなかった。
それでも、不思議と静まり返っていく。
「私は、グランツ王国の戦後処理官です」
その肩書きに、困惑が混じる。
「ここに集まった皆さんを、全員救えないことを、まず謝罪します」
一瞬、怒号が止まった。
「国の備蓄は限られています。今、無条件で受け入れれば、この国は二ヶ月で破綻します」
「だから見捨てるってのか!」
怒鳴り声が飛ぶ。
アレンは頷いた。
「見捨てます。ただし――“選びます”」
ざわめきが再び広がる。
「仕事を用意しました。炭鉱、道路、倉庫、復興作業。技能がなくても構いません」
「働けない者は?」
「子供、病人、高齢者は保護対象です」
少し間を置き、続ける。
「ですが、何もしないで守られる場所は、ここにはありません」
言葉は冷たい。
だが、嘘はない。
「選別だ!」
「弱い者切り捨てだ!」
非難が飛ぶ中、アレンは一歩も引かなかった。
「それでも、この国は滅びません。私は、その責任を負います」
その一言で、空気が変わった。
――責任。
誰もが避けてきた言葉を、目の前の男は平然と口にした。
説明会は、混乱のまま終わった。
納得した者もいれば、去っていく者もいた。
夕刻、執務室。
リーゼは窓辺で腕を組み、街を見下ろしていた。
「……随分、恨まれましたね」
「慣れています」
アレンは書類から目を離さず答える。
「それでも、今日は城門を突破しようとする者はいませんでした」
「理解した、というより……覚悟を見た、でしょうね」
リーゼは振り返った。
「あなたは、嫌われることを恐れない」
「恐れていたら、この仕事はできません」
沈黙。
リーゼは、ふと問いかけた。
「それでも……苦しくはないのですか」
アレンの手が、一瞬止まった。
「……苦しくない判断など、存在しません」
夜。
アレンは一人、城門近くの簡易宿営地を歩いていた。
条件を満たせず、明日には別の土地へ向かう者たち。
焚き火の明かりの中で、不安と諦めが交じる目が、彼を見た。
誰かが呟く。
「……あんたが決めたんだろ」
アレンは足を止め、深く頭を下げた。
「そうです」
言い訳はしない。
正義も語らない。
その背中を、マルクが少し離れて見守っていた。
「……あんた、変な奴だな」
「そうでしょう」
「普通、逃げる」
「逃げられませんでした」
マルクは鼻で笑い、だが視線を逸らさなかった。
「……俺は、あんたについてく」
その言葉は短く、重かった。
同じ頃、王国。
復興の失敗に対し、民の不満が英雄へと向き始めていた。
「なぜ、あいつらは何も決めない」
「結局、責任を取る奴がいない」
誰もがまだ知らない。
グランツでは今、
“責任を引き受ける”という、最も重い選別が行われていることを。
戦後処理官は知っている。
国を救うとは、全員を救うことではない。
――それでも、滅びさせないと決めることだ。
(第7話 了)




