第6話 成功の代償
グランツ王国の朝は、以前よりも騒がしくなっていた。
城下町の通りには人が増え、荷車が行き交い、炭鉱へ向かう列ができている。まだ完全な活気とは言えないが、少なくとも“停滞”ではない。
アレンは城の執務室の窓から、その様子を見下ろしていた。
「動き始めましたね」
隣で報告書をまとめていたリーゼが頷く。
「ええ。市場価格は安定、治安も改善傾向。数字だけ見れば、順調です」
「数字だけ、なら」
リーゼは苦笑した。
机の上には、最新の報告書が積まれている。
良い知らせと、悪い知らせが、同じ紙束の中に混ざっていた。
「移住希望者が急増しています」
「予想通りですね」
「“グランツには仕事がある”と、噂が広がっています。周辺国からも」
アレンは頷いた。
戦後処理がうまく回り始めると、必ず起きる現象だ。
人は希望のある場所に集まる。
「問題は、食料です」
「配給が追いつかない」
「はい。今のペースだと、二週間で在庫が尽きます」
リーゼの声に、焦りはない。ただ事実を告げているだけだ。
アレンは目を閉じ、頭の中で流れを整理した。
仕事が生まれた。
人が集まった。
人が増えた。
――需要が爆発した。
「成功したから、問題が起きた」
アレンは静かに言った。
「失敗ではありません。ただ……次の段階に進んだだけです」
「次の段階、ですか」
その時、扉がノックされた。
「入れ」
入ってきたのはマルクだった。いつもより険しい顔をしている。
「城門前で、揉め事が起きてる」
「理由は」
「移住希望者だ。中に入れろって騒いでる」
リーゼが眉をひそめる。
「人数は?」
「百……いや、二百はいるな。女や子供も多い」
部屋に沈黙が落ちる。
リーゼがアレンを見る。
「どうします?」
アレンは、すぐには答えなかった。
窓の外を見つめる。城門の向こうに、希望を抱いて集まった人々の姿が浮かぶ。
――全員を受け入れれば、国が死ぬ。
――拒めば、誰かが死ぬ。
戦後処理官にとって、最も避けられない選択だ。
「無条件受け入れは、今日で終わりです」
リーゼの目が、わずかに見開かれる。
「条件を設定します」
「……具体的には?」
アレンは淡々と告げた。
「公共事業への参加。技能登録。最低期間の労働義務。子供と病人は別枠で保護します」
「反発が出ます」
「出ます」
マルクが低く唸る。
「外で死ぬ奴も出るぞ」
「分かっています」
アレンは拳を握りしめ、すぐに緩めた。
「それでも、国を守らなければ、もっと多くが死ぬ」
リーゼは数秒、沈黙したあと、ゆっくりと頷いた。
「……命令を出します。私の名で」
その日の午後、城門前に布告が掲げられた。
条件付き受け入れ。
無条件の流入停止。
騒ぎは、すぐに起きた。
「冷たい!」
「見捨てる気か!」
「仕事があるって聞いたんだぞ!」
怒号と泣き声が混じる。
マルクが兵を抑えながら、アレンに言った。
「嫌われ役だな」
「慣れています」
だが、胸の奥に、鈍い痛みが残る。
夜。執務室に戻ったアレンは、一人で書類に向かっていた。
移住申請書。条件適合者の名簿。不適合者の数。
数字が、重い。
扉が静かに開き、リーゼが入ってきた。
「……後悔していますか」
アレンは首を振った。
「後悔していれば、判断を誤ります」
「それでも」
リーゼは、少しだけ声を落とした。
「あなた一人で、背負う必要はありません」
アレンは手を止め、初めてリーゼを見た。
「……ありがとうございます」
それだけ言って、再び書類に目を落とす。
同じ頃、王国では。
復興計画の失敗が、次々と報告されていた。
現場を無視した指示。暴動。財政の急激な悪化。
だが、英雄たちはまだ理解していない。
戦争が終わったあとに始まる“本当の戦い”を。
グランツの夜空に、灯りが増えていく。
戦後処理官は知っている。
成功とは、祝われるものではない。
――次の、より厄介な問題を呼び寄せる合図にすぎないのだと。
(第6話 了)
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