第79話 変わり果てた王都
王都までの道は、思っていたより荒れていた。
街道の舗装は所々崩れ、補修の跡もない。すれ違う旅人の姿は少なく、代わりに荷を背負って歩く難民らしき集団を、幾度も見かけた。誰もが、目を伏せたまま歩いていく。
馬車が最後の丘を越えたとき、王都の輪郭が見えた。
城壁が見えたとき、護衛の一人が息を呑む音がした。
覚えている輪郭と、違う。
崩れているわけではない。だが、白かった壁は煤で灰色に汚れ、修復された跡もなく、ひび割れがそのまま放置されている。城門の紋章は半分削られていた。誰かが、意図的に削ったのだろう。
馬車は、検問もなく門を通った。門番の姿すら、まばらだった。
「……これは」
護衛の言葉は、そこで途切れた。続く言葉が見つからなかったのだろう。アレンにも分かる。
大通りには、閉じたままの店が並んでいる。並んでいた行列は、店の前ではなく、配給所らしき建物の前にできていた。長い列の先頭で、誰かが怒鳴っている声が聞こえる。順番を巡る喧嘩だった。
子どもが、母親の手を強く握って通り過ぎていく。目を合わせないように、足早に。
馬車が路地を折れるたび、焼け跡らしき黒い染みが目についた。大きな火事ではない。小さな略奪が、幾度も繰り返された痕だった。
アレンは、その景色を一つずつ、記憶と照らし合わせた。
あの角にあったパン屋は、板が打ちつけられている。あの噴水は、水が止まって久しいのか、底に泥が溜まっていた。かつて子どもたちが硬貨を投げ入れていた場所に、今はゴミが吹き溜まっている。
自分がいた頃も、王国は既に傾いていた。だが、これほどではなかった。
「アレン様」
現地に先行していた若い戦後処理官――半年前に派遣した男が、駆け寄ってきた。名を、トマスといった。顔がやつれ、頬がこけている。
「よく来てくださいました。正直、限界でした」
「報告書、拝見しました。よく一人で持ちこたえましたね」
「……持ちこたえた、というほどのことは」
トマスは、力なく笑った。
「毎日、誰かに恨まれています。配給を減らしたことも、旧勇者派の要求を突っぱねたことも。正しいと分かっていても、恨まれ続けると、心が摩耗します」
「よく分かります」
「あなたも、そうだったんですか」
「今も、です」
その一言に、トマスは少しだけ、肩の力を抜いたようだった。
男は言葉を濁し、それから王城のほうへ視線を向けた。
「宰相閣下が、お待ちです。……あなたが来ると聞いて、随分と動揺しておられました」
アレンは、その先を目で追った。
王城は、外壁こそ残っているが、庭園は荒れ、旗は色褪せていた。かつて自分が判決を言い渡された、あの玉座の間が、その奥にある。
足を止めたのは、一瞬だけだった。
「案内してください」
声に、揺れはなかった。少なくとも、表面上は。
城門をくぐり、荒れた庭園を抜けていく。かつて式典のたびに花が敷き詰められていた場所は、今は雑草に覆われていた。踏みしめる石畳の感触だけが、記憶のままだった。
戦後処理官は知っている。
どれほど覚悟を決めても、変わり果てた景色は、覚悟の外側から静かに刺してくるということを。
次話、いよいよベルナールとの対面です。




