第73話 対価
成果は、数字として現れ始めていた。
「試験期間、二週間経過」
エレナの報告。
「致命遅延、ゼロ。
救命率、上昇傾向」
山間部のデータは、明確に改善している。
都市周縁部も、暴動は再発していない。
「……安定してきたな」
クラウスが呟く。
「表面上は、です」
カタリーナが訂正する。
その言葉の意味は、すぐに示された。
「追加報告」
エレナの声が、わずかに硬くなる。
「運用コスト、想定比一・八倍」
沈黙。
エリオットがすぐに言う。
「持続不可能です」
「現状では、です」
アレンは静かに答える。
「ですが、このまま拡張すれば破綻する」
エリオットは譲らない。
「国家単位では採用できない」
それは事実だった。
小規模なら成立する。
だが全体には広げられない。
カタリーナが言う。
「……結局、選ぶことになる」
何を守るか。
どこまで守るか。
その日の午後。
アウストリアから中間評価が届く。
『試験結果は一定の有効性を認める』
だが続く。
『ただし、コスト効率に重大な課題あり』
最後に一文。
『現行国家運用には適さない』
クラウスが笑う。
「まあ、そう来るよな」
エリオットは頷く。
「合理的評価です」
アレンは、報告書を閉じる。
想定通り。
問題はここからだった。
その夜。
アウステルで再び会談が行われた。
ヴェルナーは、以前と同じ場所で待っている。
「結果は見た」
短い言葉。
「有効だ」
認める。
だが。
「だが、使えない」
その一言。
アレンは、視線を逸らさない。
「なぜですか」
「対価が高すぎる」
ヴェルナーは即答する。
「国家は慈善ではない」
沈黙。
「救える命が増える。
だが、そのために他が削られる」
彼は続ける。
「それを選べるか?」
問い。
重い問い。
アレンは、少しだけ考えた。
そして答える。
「選びます」
即答ではない。
だが、迷いもない。
ヴェルナーは、わずかに目を細める。
「どこを削る」
「無駄を削ります」
「すでに削っている」
返答は速い。
沈黙。
その通りだ。
余剰は少ない。
だからこそ、今の形になっている。
アレンは、ゆっくりと言う。
「……削るのは、“想定”です」
ヴェルナーの目が、初めてわずかに動く。
「想定?」
「平均に基づく設計」
アレンは続ける。
「最悪を見ない設計をやめる」
短い間。
「つまり」
「見えていなかったコストを、先に払う」
ヴェルナーは、しばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「……面白い」
初めての評価だった。
だが続ける。
「だが国家は、すべてを救わない」
「はい」
アレンは頷く。
「だから、選びます」
同じ言葉。
だが、意味は違う。
「どこまで守るかを」
沈黙。
長い沈黙。
ヴェルナーは、ゆっくりと立ち上がる。
「……条件を変えよう」
その一言で、空気が変わる。
「試験期間、延長」
アレンは、目をわずかに見開く。
「その代わり」
ヴェルナーの声は静かだ。
「次は“都市全体”でやれ」
重い条件。
「小規模では意味がない」
試されている。
本格的に。
アレンは、ゆっくりと頷いた。
「受けます」
即答ではない。
だが、確実な答え。
戦後処理官は知っている。
制度は、証明されなければならない。
部分ではなく、全体で。
そして今。
その次の段階が、始まろうとしていた。
(第73話 了)
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