第65話 孤立
辞任要求は、外からではなく内から来た。
『機構長アレン・ヴァルクスの進退に関する緊急動議』
提出者――
合理派職員連名。
筆頭署名。
エリオット・ハーグ。
ベルク本部、会議室。
重い沈黙。
「……正式な手続きです」
エレナが静かに言う。
「議題として上程されます」
クラウスが舌打ちする。
「とうとう来たか」
カタリーナは、何も言わない。
ただ、書面を見つめている。
アレンは、ゆっくりとそれを手に取った。
「理由は明確です」
エリオットが口を開く。
「判断の一貫性喪失。
機構の信頼低下。
運営能力への疑義」
事実だけが並ぶ。
否定しにくい。
「……反論は?」
議長の問い。
アレンは、すぐには答えなかった。
数秒。
それだけで十分だった。
「ありません」
短い言葉。
会議室がわずかに揺れる。
クラウスが低く言う。
「おい」
「事実です」
アレンは続ける。
「私は判断を誤った。
制度の設計も不十分だった」
カタリーナが目を閉じる。
エリオットは、静かに言う。
「ならば、責任を取るべきです」
その言葉は、正論だ。
「はい」
アレンは頷く。
そして。
「ただし、今ではありません」
空気が変わる。
「機構は停止寸前です」
彼は続ける。
「ここで指揮系統を崩せば、完全に崩壊する」
エリオットが反論する。
「既に崩壊しかけています」
「だからこそです」
アレンの声は、低く、しかし揺れていない。
「最後の設計を終えるまで、私は残る」
沈黙。
その言葉は、自己弁護ではない。
執念に近い。
その夜。
加盟国から追加通達が届く。
『機構への拠出金、全面凍結』
最後の一国。
エレナの声が、かすかに震える。
「……これで、全主要資金が止まりました」
クラウスが呟く。
「終わりだな」
誰も否定しない。
エリオットは静かに言う。
「合理的な撤退を提案します」
「撤退?」
「機構の一時停止」
その言葉が、重く落ちる。
「機能を維持できない以上、無理に続けるのは非合理です」
カタリーナが、ゆっくりと顔を上げる。
「それは“解体”と何が違うの」
「再構築の前提です」
エリオットの目は揺れない。
アレンは、窓の外を見る。
ベルクの夜。
静かだ。
あれほどの騒ぎがあったとは思えないほど。
「……機構は、止まります」
その言葉で、すべてが決まった。
沈黙。
長い、長い沈黙。
戦後処理官は知っている。
制度は壊れる時、音を立てない。
だが。
止まった瞬間。
それまで支えていたすべてが、
一斉に崩れ始める。
そして今。
その瞬間は、すぐそこまで来ていた。
(第65話 了)
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