第61話 透明性という罠
決定は、早かった。
「監査データの全面公開を実施します」
会議室でのアレンの言葉に、空気が固まる。
「対象は?」
エレナが確認する。
「医療再編、治安措置、財政再建。
すべての監査データ」
カタリーナが静かに言う。
「……覚悟は?」
「あります」
短い返答。
エリオットがすぐに反応する。
「それは危険です」
「透明性は必要です」
「過剰な透明性は、誤解を生みます」
珍しく、エリオットが止めに入る。
「データは文脈とセットでなければならない」
「だからこそ公開する」
アレンは一歩も引かない。
「解釈を独占させない」
クラウスが低く言う。
「……理屈は分かるが、火に油だぞ」
「油を隠しても、火は消えません」
決定は、そのまま通された。
翌日。
機構の公式サイトに、大量のデータが公開される。
搬送時間の分布。
死亡率の推移。
地域別格差。
抗議件数。
すべて。
加工されていない数字。
その日、世界中で同時に“解析”が始まった。
――統計は改善している
――いや、地域格差は拡大している
――この数値は意図的に切り取られている
――いや、むしろ隠していない証拠だ
議論は、瞬時に分裂した。
ベルク本部。
「拡散速度、想定以上」
エレナの声が硬い。
「誤解も同時に拡散しています」
スクリーンには、切り取られたグラフが並ぶ。
“死亡率上昇”だけを強調した画像。
“成功率改善”だけを強調した画像。
どちらも、事実。
どちらも、不完全。
「……来ますね」
クラウスが呟く。
夕方。
ベルク市内で大規模な混乱が発生した。
「見ろよこの数字! 明らかに悪化してる!」
「いや、全体では良くなってる!」
議論は、すぐに罵声に変わる。
そして――衝突。
夜。
再び火が上がる。
今度は、本部前ではない。
市内各所。
複数同時。
「……連鎖しています」
エレナの報告。
「情報が燃料になっている」
カタリーナが静かに言う。
「これは、議論じゃない。
分断の増幅よ」
エリオットは、アレンを見ている。
「……止めるべきだった」
その言葉は、非難ではない。
確認だ。
アレンは、答えるまでに時間がかかった。
「……はい」
その一言は、重い。
「私は、透明性で収束すると考えた」
窓の外、遠くで煙が上がる。
「だが、分断を加速させた」
初めて。
彼の声に、明確な揺れがあった。
戦後処理官は知っている。
情報は、光ではない。
使い方次第で、炎になる。
そして今。
その炎は、
都市全体に広がり始めていた。
(第61話 了)
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