第57話 離脱の兆し
暴動から二日。
ベルク本部は仮封鎖状態にあった。
割れた窓は板で塞がれ、焦げ跡はまだ残っている。
「加盟国三カ国、緊急協議要請」
エレナの声は静かだが、重い。
「うち一カ国は、条約再検討を示唆」
会議室に沈黙が落ちる。
「離脱か」
クラウスが低く言う。
「可能性は否定できません」
エレナが頷く。
エリオットは包帯のまま立っていた。
「当然の反応です」
「当然?」
カタリーナが視線を向ける。
「機構は政治に踏み込み、暴動を招いた。
信頼は揺らいだ」
「暴動は我々の責任だけではない」
「だが判断は誤った」
エリオットの目はまっすぐアレンを見ている。
「あなたが理念を優先した結果です」
アレンは否定しない。
「その通りです」
部屋がわずかにざわつく。
彼は続ける。
「私は武装強化を拒みました。
結果、被害が拡大した」
沈黙。
「……では、どうするのですか」
カタリーナが問う。
「責任を取る?」
「まだです」
即答だった。
「辞任は、制度の空白を生む」
エリオットが鋭く言う。
「空白より信頼回復が優先です」
「信頼は制度で回復します」
その言葉は、以前よりも少し低い。
その日の午後、声明が出た。
『機構は暴動対応の判断に不備があったことを認める。
警備体制の見直しと、再発防止策を講じる』
謝罪は限定的。
だが明確だった。
同時刻、アウストリア。
ヴェルナーは記者団の前に立つ。
「機構は揺らいでいる」
穏やかな声。
「だが我が国は揺らがない」
拍手。
「国家は人格を持たない。
だからこそ、決断は冷静であるべきだ」
その一言が報道を駆け巡る。
ベルク。
若手職員の一部が、エリオットのもとに集まる。
「合理を取り戻すべきです」
「機構は強くあるべきだ」
小さな輪。
だが確実に広がっている。
カタリーナは別室で報告書をまとめていた。
「内部支持率、低下」
アレンは静かに聞く。
「あなたは孤立しつつある」
「ええ」
彼は否定しない。
「ですが、設計は続けます」
「本当に、まだ設計できると思っている?」
その問いは、責めるものではなかった。
ただの確認。
「……分かりません」
初めての曖昧な返答。
夜。
アレンは一人、焼け跡の残る廊下を歩いた。
焦げた匂いがまだ残っている。
戦後処理官は知っている。
崩壊は、外からだけでは来ない。
内部の亀裂が、最初の崩れだ。
機構は今、揺れている。
そして揺れは、止まっていない。
(第57話 了)
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