第53話 隔離という名の秩序
アウストリアからの追加通達は、簡潔だった。
件名――
『社会安定区域の指定に関する報告』
「……区域指定?」
エレナが眉をひそめる。
資料には地図が添付されている。
医療再編に強く反対した三地区が、赤で囲われていた。
「治安維持法改正に基づき、一定期間の集会制限と夜間外出制限を実施」
クラウスが低く唸る。
「隔離だな」
「“一時的措置”と明記されています」
エレナが読み上げる。
そして、根拠として引用されているのは――
『医療再編は統計的に妥当であり、社会不安は誤情報による可能性が高い』
機構の報告書だ。
会議室が静まり返る。
「……予想より早い」
アレンは静かに言った。
「止めますか」
カタリーナが問う。
「法的には内政問題です」
エリオットが先に答える。
「機構が介入すれば越権です」
「だが、我々の報告が使われている」
カタリーナの視線は鋭い。
「責任はないのか」
「報告は事実です」
エリオットは迷わない。
「事実をどう使うかは加盟国の判断」
その言葉に、アレンはゆっくりと顔を上げる。
「その通りです」
一瞬、カタリーナの目が揺れる。
「あなたも、そう考えるのですか」
「はい」
だが次の言葉は、わずかに違った。
「だからこそ、設計が足りない」
沈黙。
「どういう意味です」
「報告書は“妥当”と書いた」
アレンは、机上の紙を指で叩く。
「だが、“条件付き”を強調していない」
エレナが資料をめくる。
「搬送体制が完全に整備された場合、と記載はあります」
「小さくです」
クラウスが呟く。
「政治家は小さな字を読まない」
アウストリア。
指定区域では、夜間巡回が始まっていた。
「身分証の提示を」
兵の声。
若者たちが睨み返す。
「機構が後ろ盾だろ」
その言葉が、広がっていく。
ベルク本部前。
抗議の声はさらに増えた。
「弾圧を止めろ!」
「機構は共犯だ!」
石が二つ、三つ。
窓ガラスにひびが入る。
庁舎内。
エリオットが強い口調で言う。
「隔離は過激だが、内戦よりはましです」
「内戦?」
カタリーナが反応する。
「煽動が続けば暴動になります」
エリオットの目は真剣だ。
「国家が崩れれば、もっと死ぬ」
アレンは、ゆっくりと立ち上がった。
「……声明を出します」
「反対声明ですか」
エレナが問う。
「いいえ」
全員の視線が集まる。
「条件再確認声明です」
エリオットが息を呑む。
「それは、ヴェルナーへの牽制ですか」
「設計の修正です」
カタリーナが、静かに言う。
「遅いかもしれない」
「かもしれません」
アレンは窓の外を見る。
群衆の叫び。
機構の旗は、まだ掲げられている。
「ですが、何もしなければ、
本当に共犯になります」
戦後処理官は知っている。
制度は中立ではない。
沈黙もまた、選択だ。
ヴェルナーは一歩進んだ。
機構は、どちらへ進むのか。
亀裂は、もはや目に見える形になり始めていた。
(第53話 了)
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




