第50話 公開倫理審問
審問は、閉ざされた部屋では行われなかった。
ベルク中央議事堂。
傍聴席は開放され、記者席も設けられた。
機構の旗は掲げられている。
だが、その下に集まる視線は、冷たい。
壇上中央に、カタリーナ・ホルツ。
右にアレン。
左に倫理監査委員。
そして後方、傍聴席の最前列に、リオンの母が座っていた。
ざわめきが収まる。
「公開倫理審問を開始します」
カタリーナの声は、静かで澄んでいる。
「議題は、アウストリア医療再編における倫理妥当性」
視線が、アレンに集まる。
「戦後処理官アレン・ヴァルクス。
あなたは再編案を条件付きで承認しましたね」
「はい」
「搬送時間の増加を認識していた」
「はい」
「その結果、死亡事例が発生した」
「はい」
会場が揺れる。
カタリーナは続ける。
「あなたは、この決定を今も正しかったと考えますか」
沈黙。
ほんの一瞬。
アレンは、視線を逸らさない。
「はい」
ざわめきが広がる。
「ただし」
声は低い。
「条件整備が不十分だった」
「具体的に」
「搬送網の試験運用が不足。
中継拠点の医療人員配置が遅延」
カタリーナは食い下がる。
「しかし理論値は満たしていた」
「理論は、現場を完全には再現しません」
傍聴席から声が飛ぶ。
「じゃあ、なぜ止めなかった!」
議長が静止する。
カタリーナが問いを変える。
「あなたは、例外を許容しますか」
静寂。
「制度に例外は存在します」
「命にも?」
空気が凍る。
アレンは、初めて言葉を探した。
「命は、例外ではありません」
その声は、わずかに低い。
「ですが、制度は全体を守るために設計される」
カタリーナは、さらに踏み込む。
「では、その全体に含まれなかった命は、何ですか」
長い沈黙。
傍聴席の視線が突き刺さる。
リオンの母の手が、膝の上で震えている。
アレンは、ゆっくりと答えた。
「……守れなかった命です」
会場が静まり返る。
「守れなかった事実は消えません。
だから私は、制度を修正します」
カタリーナの目が揺れる。
「修正とは」
「倫理監査を事前義務化。
搬送試験の実地検証完了まで施行凍結」
ざわめき。
「つまり、制度を止める?」
「一部を」
エリオットが立ち上がる。
「それでは国家再建が遅れる!」
彼の声は若く、強い。
「一件の悲劇で全体を揺らすのは非合理だ!」
カタリーナが睨む。
「座りなさい」
アレンが、エリオットを見る。
「……合理は必要です」
だが、次の言葉は少し違った。
「合理は、検証されなければならない」
沈黙。
審問は一旦休廷となった。
外では、群衆がまだ叫んでいる。
だがその声は、先ほどよりもわずかに変わっていた。
怒りだけではない。
迷いが混じっている。
夜。
本部の廊下。
エリオットが言う。
「あなたは弱くなった」
アレンは否定しない。
「そうかもしれません」
「ヴェルナーは止まらない」
「知っています」
「なら、あなたが揺らげば機構は崩れる」
アレンは、静かに窓の外を見る。
旗はまだ揺れている。
「制度は、揺れなければ壊れます」
その声は、以前よりわずかに重い。
戦後処理官は知っている。
正しさは、問いに耐えてこそ正しさである。
だがその問いは、
刃のように、持つ者の手をも切る。
(第50話 了)
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