第48話 四十分
救急馬車は、山道を走っていた。
舗装はされている。
整備も終わっている。
理論上は、問題ない。
「心拍、不安定!」
医療補助員の声が、車内に響く。
リオンの小さな胸が、浅く上下する。
「もう少しでトンネルを抜けます!」
運転手が叫ぶ。
母は、震える手で息子の指を握っていた。
「大丈夫、大丈夫だから……」
時計は進む。
十分。
二十分。
三十分。
車内の空気が、重くなる。
ベルク本部。
アレンは、搬送体制の最新報告を読んでいた。
「平均搬送時間、二十一分。
最大値、三十八分」
エレナが告げる。
「想定内です」
「ええ」
想定内。
その言葉が、どこか空虚に響く。
同時刻。
山道の途中。
「心停止!」
医療補助員が叫ぶ。
電気ショック。
一度。
二度。
反応が弱い。
「到着まであと七分!」
四十分。
理論上は許容範囲。
だが、リオンの小さな身体には長すぎた。
グレイツ中央病院、搬入口。
医師が引き継ぐ。
「発症から推定四十五分」
処置は続けられた。
だが。
夜明け前。
母の泣き声が、廊下に響いた。
ベルク。
報告は、翌朝届いた。
「……死亡確認」
エレナの声が、かすかに揺れる。
部屋は静まり返る。
クラウスが、低く言った。
「搬送時間は?」
「四十分」
沈黙。
統計上、許容範囲。
例外。
だが。
アレンは、書類を閉じる。
「……条件は満たしていました」
誰に向けた言葉でもない。
「救急網は整備済み。
道路も問題なし。
手続きも適正」
カタリーナが、ゆっくりと言う。
「それでも、死んだ」
その一言が、重く落ちる。
エリオットが、拳を握る。
「全体の改善は進んでいます。
死亡率はむしろ低下傾向です」
アレンは、何も言わない。
数時間後。
地方紙が速報を打った。
『再編初の犠牲者か』
夕方には、全国紙。
『四十分の空白』
母の言葉が掲載される。
> 「数字は息をしない」
ベルク本部前に、人が集まり始める。
「機構は責任を取れ!」
「冷酷な監査をやめろ!」
機構の旗が、引き裂かれる。
夜。
会議室。
「再編は正当だった」
エリオットが、強く言う。
「感情で制度を変えれば、国家が崩れる」
カタリーナが、静かに睨む。
「あなたは、彼の名前を言えますか」
エリオットは、一瞬詰まる。
「……リオン」
「その命を、例外と言い切れますか」
沈黙。
アレンは、窓の外を見ていた。
群衆の声が、かすかに届く。
「……私は、承認しました」
静かな声。
「責任は、機構にあります」
クラウスが言う。
「間違いだったのか?」
長い沈黙。
アレンは、初めて答えに時間をかけた。
「……正しかった」
その声は、かすかに低い。
「だが、足りなかった」
夜は、深い。
戦後処理官は知っている。
正しさは、命を救う。
だが同時に、
救えなかった命の重さからは、逃げられない。
四十分。
その数字は、
報告書の一行ではなくなった。
(第48話 了)
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