第46話 再編案
アウストリア第二次再建計画。
その中核に置かれたのは、医療制度の再編だった。
「地方医療機関の統廃合。
救急拠点の集約。
赤字病院の段階的閉鎖」
エレナが資料を読み上げる。
「削減率は?」
「全体予算の十二%。五年で二十%改善見込み」
数字は、美しい。
無駄が削られ、持続可能性が上がる。
統計上、平均寿命への影響は“軽微”。
「軽微、ですか」
クラウスが鼻で笑う。
「平均は、便利な言葉だな」
アレンは黙ったまま、資料の最後の頁をめくる。
そこにあるのは、地図。
閉鎖対象の病院は、山間部と工業衰退地域に集中している。
「搬送時間の増加は?」
「最大三十分」
沈黙。
三十分。
統計上は許容範囲。
だが現実では――。
「条件を付けます」
アレンは、ゆっくりと言った。
「救急搬送体制の強化を再編前に実施」
「費用が増えます」
「段階実行です」
エレナが頷く。
「ヴェルナーは受け入れますか」
「受け入れるでしょう」
案の定、返答は迅速だった。
『条件を承諾する。
合理性に基づく判断に感謝する』
端正な筆跡。
翌週、公式発表。
ヴェルナーは壇上に立つ。
「国家の持続性を守るため、医療制度を再設計する」
拍手。
「機構の監査により、合理性は確認済みだ」
その言葉が、重く響く。
――機構の名。
ベルク本部。
カタリーナ・ホルツが、静かに書類を机に置いた。
「私は反対です」
会議室が静まる。
「理由を」
アレンは、感情を挟まない。
「平均値は命を語りません」
彼女の声は冷静だが、硬い。
「搬送三十分増加は、山間部では致命的です」
「統計上は軽微です」
「統計は死なない」
その言葉が、部屋に落ちる。
エリオットが口を挟む。
「全体最適を見なければ国家は崩れます」
カタリーナは彼を見る。
「あなたは、どこまでを“全体”と呼ぶの?」
エリオットは、迷わず答える。
「国家単位です」
アレンは、二人のやり取りを黙って聞いていた。
やがて言う。
「再編は進めます」
カタリーナの視線が、鋭くなる。
「責任は?」
「機構が負います」
彼女は、わずかに目を伏せた。
「……ならば、倫理監査を並行実施します」
「承認します」
決定は下された。
数日後。
山間部の小病院。
閉鎖通知が掲示される。
「嘘だろ……」
「ここしかないのに」
看護師が、静かに掲示板を見つめる。
その場にいた少年が、母の手を握る。
「お母さん、ここなくなるの?」
母は答えられない。
ベルク。
アレンは窓の外を見ていた。
「……迷いはありますか」
エレナの問い。
「あります」
即答だった。
「だが、止めません」
静かな夜。
再編は、まだ数字の上でしか動いていない。
だが。
山間部では、
すでに“変化”が始まっていた。
戦後処理官は知っている。
合理は、静かに始まる。
そしてその静けさの中で、
誰かの生活が、音もなく切り取られていく。
(第46話 了)
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