第45話 正当化
アウストリアからの最初の案件は、迅速だった。
件名――
『地方自治体再編に伴う財政監査要請』
提出書類は完璧に整っている。
「赤字率、三十七%。
人口減少、加速。
補助金依存、八割超」
エレナが読み上げる。
「数字だけ見れば、再編は妥当です」
「ええ」
アレンは、資料をめくる。
「問題は、対象地域です」
地図が広げられる。
削減対象は、反政府色の強い三地区。
「……露骨ですね」
クラウスが呟く。
「表向きは財政合理化」
「実質は、政治整理か」
だが、数字は嘘をついていない。
赤字は事実。
補助金依存も事実。
ヴェルナーは、すでに次の一手を打っていた。
公開演説。
「我々は、感情ではなく持続性を選ぶ」
拍手。
「国家を守るため、必要な再編を行う」
その背後に、機構の名が添えられる。
――戦後復興管理機構の監査に基づく判断。
アレンは、その記事を読みながら静かに言う。
「……早い」
「何がですか」
「正当化が」
まだ正式な勧告は出していない。
だが、“監査予定”という言葉だけで、世論は動く。
数日後、正式な監査団が派遣された。
アレンは、直接立ち会うことにした。
現地は、小さな工業都市。
閉鎖予定の工場。
削減対象の病院。
「これが、非効率か」
老人が呟く。
「数字の上では」
アレンは、事実として答える。
「では、私たちは何だ」
返す言葉がない。
夜、監査団の宿舎。
若手職員エリオットが、興奮気味に言う。
「正しいですよね」
彼は、目を輝かせている。
「無駄は切るべきです。
国家のために」
アレンは、彼を見る。
「“国家”とは何ですか」
「持続する仕組みです」
「人を含みますか」
「……当然です」
「では、今日会った人たちは」
エリオットは、一瞬言葉を失う。
「……犠牲です」
その声は、迷いが少ない。
アレンは、わずかに目を伏せた。
数日後、監査結果が出る。
再編妥当。
条件付きで補助金削減承認。
ヴェルナーは、すぐに発表した。
「機構の判断を尊重し、再編を実施する」
抗議デモが起きる。
「機構は冷酷だ!」
「外から口を出すな!」
矛先は、政府ではなく――機構へ向かう。
ベルク本部。
「……想定内です」
アレンは、静かに言う。
「政治的責任の回避」
「利用されているな」
クラウスが吐き捨てる。
「ええ」
エレナが、資料を握る。
「でも、判断は間違っていません」
「はい」
アレンは、はっきり答える。
「間違ってはいない」
それが、最も厄介だった。
夜。
ヴェルナーから書簡が届く。
『感謝します。
国家は一歩、持続へ近づいた』
その文字は、美しい。
アレンは、ゆっくりと封を閉じる。
戦後処理官は知っている。
正しさは、刃になる。
だが今。
その刃は、自分の手ではなく、
他者の手で振るわれている。
そしてそれを――
完全には、止められていない。
(第45話 了)
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