第44話 理解者
会談は、静かな部屋で行われた。
ベルク会議庁の奥、装飾の少ない小会議室。
護衛は外で待機。
中にいるのは、二人だけ。
「お時間をいただき、感謝します」
ヴェルナー・クライストは、丁寧に一礼した。
「こちらこそ」
アレンは、対面の椅子に腰を下ろす。
机の上には、茶器が二つ。
湯気が立ち上る。
「あなたの報告書は、全て拝読しました」
ヴェルナーは、穏やかに言う。
「レルン。グランツ。
どちらも、実に見事な処理だった」
「評価は不要です」
「ええ。あなたはそう言うでしょう」
その言い方に、わずかな笑みが混じる。
「私は、あなたを賞賛するために来たのではありません」
「では?」
「確認です」
ヴェルナーは、視線を逸らさない。
「あなたは、“正しさが嫌われる”ことを理解している」
「はい」
「それでも実行する」
「ええ」
「なぜですか」
短い問い。
アレンは、迷わない。
「崩れない未来の方が、嫌われるより価値があるからです」
ヴェルナーは、満足そうに頷いた。
「素晴らしい」
その一言が、わずかに冷たい。
「では、もう一つ確認を」
「どうぞ」
「国家が崩れないために、
少数の切り捨てが必要な場合――」
沈黙。
「あなたは、それを容認しますか」
空気が、張り詰める。
アレンは、答える。
「“切り捨て”という言葉は不正確です」
「では?」
「資源の限界です」
ヴェルナーの目が、細くなる。
「なるほど。
あなたは感情ではなく、構造で語る」
「感情は、判断を遅らせます」
「同感です」
その即答が、どこか危うい。
ヴェルナーは、続ける。
「アウストリアは現在、財政再建の最中です。
非効率な補助金、過剰な福祉、赤字自治体……」
彼は淡々と並べる。
「機構の監査権を活用し、整理したい」
「整理?」
「ええ」
その目は、静かに笑っている。
「あなたの理論は、正当性を与える」
アレンは、わずかに沈黙した。
「私は、弾圧の道具にはなりません」
「弾圧?」
ヴェルナーは、首を傾げる。
「効率化です。
国家の持続性を高めるための再編」
言葉は、完璧に整っている。
「あなたも言ったでしょう。
崩れない未来が最優先だと」
その通りだ。
否定できない。
だからこそ、危うい。
「前提があります」
アレンは、ゆっくりと言う。
「“監査”は公開されなければならない」
「もちろん」
「判断基準も明示」
「当然です」
「そして、異議申し立ての制度を設ける」
ヴェルナーは、一瞬だけ間を置いた。
「……面倒ですね」
「はい」
「ですが、受け入れましょう」
即答。
その軽さに、違和感が残る。
会談は、形式上成功で終わった。
廊下へ出ると、エレナが待っている。
「……どうでしたか」
「理解者です」
「良い意味で?」
アレンは、少しだけ視線を落とした。
「分かりません」
夜。
クラウスが言う。
「あの男、君を利用するぞ」
「分かっています」
「止められるか?」
「制度で縛ります」
短い沈黙。
「縛れると思うか」
「思いたいですね」
窓の外、ベルクの灯りが揺れる。
戦後処理官は知っている。
最も危険なのは、
自分の思想を理解している敵だ。
そして今。
その“理解者”は、
静かに手を伸ばしている。
(第44話 了)
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