第41話 静かな回復
変化は、騒がずにやってきた。
「市場流通量、前月比プラス三十二%」
「徴税回収率、六割回復」
「労働登録、七割突破」
エレナが読み上げる数字は、確実に上向いている。
広場の配給列は短くなり、
市場の棚は埋まり始めた。
街は――持ち直していた。
だが。
歓声はない。
祝賀もない。
ただ、淡々と日常が戻っていく。
「……うまくいったな」
クラウスが呟く。
「ええ」
アレンは、資料を閉じる。
「予定通りです」
その“予定通り”という言葉が、
どこか遠く感じられた。
庁舎の廊下を歩くと、視線は集まる。
だが、以前のような歓迎はない。
感謝もない。
――無言の距離。
夜。
評議会から正式通達が届く。
イサーク・ヴァルディアの暫定更迭。
理由は、復興遅延と過度な統制。
イサークは、書類を読み終えると、静かに息を吐いた。
「……当然だな」
ミラが、顔を曇らせる。
「あなた一人の責任ではありません」
「いいえ」
イサークは、首を振る。
「私は、決断を遅らせた」
視線が、アレンに向く。
「そして、君は遅らせなかった」
「役割です」
アレンの声は変わらない。
イサークは、小さく笑う。
「君は、最後まで自分を誇らないな」
「誇る必要がありません」
翌日。
イサークは、街を去る。
見送りは、少ない。
だが、ミラは深く頭を下げた。
「……ありがとうございました」
「君は、立派な代表だ」
その言葉は、本心だった。
去り際、イサークはアレンに言う。
「世論は、戻らないぞ」
「ええ」
「それでも、続けるか」
「はい」
迷いはない。
数日後。
街は、明確に回復軌道へ入った。
商人が戻り、
新たな工房が開き、
税収が安定する。
だが、支持率は低いまま。
「……あなたは、嫌われたままですね」
ミラが、ぽつりと呟く。
「はい」
「悔しくないのですか」
「悔しいですよ」
少しの沈黙。
「でも、これでいい」
彼は、広場を見下ろす。
子供たちが走り回り、
市場に笑い声が戻る。
「彼らが忘れてくれれば、それでいい」
ミラは、胸が締めつけられるのを感じた。
「私は、あなたを忘れません」
「忘れてください」
即答だった。
「機構は、個人に依存してはいけない」
その言葉は、冷たいのではない。
徹底しているだけだ。
戦後処理官は知っている。
勝利とは、拍手ではない。
――崩れなかった未来だ。
だが、その未来を守った者の名は、
記録の片隅にしか残らない。
そして今。
レルンは回復し、
嫌われ役だけが、静かにそこに立っていた。
(第41話 了)
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




