第40話 本当の痛み
発表は、簡潔だった。
「本日より、配給は段階縮小。
労働登録者への優先配分を開始します。
市場は自由価格へ移行。ただし徴税を再開します」
広場は、静まり返った。
歓声はない。
拍手もない。
ただ、重い沈黙。
「……裏切ったな」
「やっぱり同じだ」
小さな声が、広がる。
ミラは、最後まで目を逸らさなかった。
「私は、嫌われても構いません」
その言葉は、震えていない。
「でも、この街を残したい」
石は飛ばなかった。
代わりに――
背を向ける者が、増えた。
翌日。
登録所に列ができる。
怒号はない。
だが、空気は冷たい。
「働けば、食えるんだな」
「……ああ」
徴税も、再開された。
商人は不満を漏らすが、
価格が自由になったことで、棚は少しずつ埋まり始める。
だが、痛みは確実に広がった。
失業者の一部が街を去る。
支持率は急落。
「代表の支持、二割切りました」
エレナの報告。
「処理官への信頼は」
「一割未満」
クラウスが、苦く笑う。
「見事な嫌われ役だ」
「予定通りです」
アレンは、淡々と資料を整理する。
市場回復率、上昇。
財政赤字、減少傾向。
数字は、回復を示し始めていた。
だが――
評議会本部から通達が届く。
「……イサーク様の判断について、説明を求める」
混乱の責任追及だ。
イサークは、静かに書類を閉じる。
「……私の立場も、ここまでか」
「後悔は?」
クラウスの問い。
「ありますよ」
イサークは、初めて本音を漏らした。
「私は、世論を恐れた。
秩序を守るつもりで、問題を遅らせた」
アレンは、淡々と答える。
「恐れは、自然です」
「だが、指揮官が恐れてはいけない」
その夜。
ミラは、庁舎の屋上で一人立っていた。
「……嫌われるって、こんなに静かなんですね」
アレンが隣に立つ。
「怒鳴られる方が、まだ楽です」
「ええ」
彼は、夜景を見下ろす。
「沈黙は、期待の死です」
ミラは、目を閉じた。
「私、怖いです」
「ええ」
「でも……逃げません」
アレンは、わずかに頷く。
「それで十分です」
翌週。
市場は、ゆっくりと回り始めた。
配給依存は減少。
労働登録率上昇。
財政、黒字化予測。
数字は、明確だった。
だが、街の空気は冷たいまま。
「処理官が来てから、楽しくない」
「前の方が、優しかった」
その声を、アレンは聞き流す。
戦後処理官は知っている。
本当の痛みは、
回復の前提だ。
だが――
痛みを与えた者は、
回復の恩恵を受けない。
そして今。
レルンは、回復へ向かい始めた。
その代償として、
“嫌われ役”だけが残った。
(第40話 了)
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