第39話 優しい強硬策
破綻の入口に立った街は、静かだった。
暴動は起きない。
略奪もない。
だが、市場は閉まり、
配給所の列は長く、
目に見えない焦燥が広がっている。
「……時間がありません」
エレナが言う。
「三日以内に流通を再開できなければ、都市機能は停止します」
「分かっています」
アレンは、すでに計画書を広げていた。
だが、その前に――
「評議会としての決定を通達します」
イサークが立ち上がる。
その声は、いつも通り穏やかだった。
「本日より、都市財政を暫定管理下に置く」
「……何ですって?」
ミラが顔を上げる。
「市場を強制再開。
物資は中央集約管理。
価格は一律統制」
ざわめき。
「強制、ですか」
「ええ」
イサークは淡々と続ける。
「秩序の回復を最優先とします」
クラウスが低く唸る。
「それは、実質的な統制経済だ」
「暫定的措置です」
イサークは微笑む。
「優しいままでは、崩壊する。
だから、少しだけ厳しくする」
その言葉は、もっともらしい。
そして、実行は迅速だった。
兵が市場に立ち、店の再開を命じる。
物資は強制的に再分配。
価格は固定。
最初の二日は、効果が出た。
「物が戻った」
「棚が埋まっている」
人々は、安堵する。
ミラも、ほっと息をついた。
「……これで」
「いいえ」
アレンは、静かに言う。
「これは、延命です」
三日目。
農村部からの物資が、止まった。
「……出荷拒否です」
「理由は」
「強制価格では赤字になる」
イサークの表情が、わずかに硬くなる。
「補填を」
「財源がありません」
四日目。
闇市場が再燃。
「統制価格より高く売れる」
「兵の目を盗め」
五日目。
兵と商人の衝突。
負傷者十数名。
六日目。
兵の一部が撤退を要求。
「民に刃を向けたくない」
会議室の空気が、凍る。
「……強硬策は失敗だな」
クラウスが、はっきり言う。
イサークは、沈黙したまま書類を見つめていた。
「……短期的には、効果があった」
「ですが、持続しません」
アレンが、静かに告げる。
「統制は、信頼を削ります」
「では、あなたならどうする」
初めて、イサークが問いかけた。
「今からでも、段階移行です」
アレンは、机に新たな案を広げる。
「市場に自由を戻す。
その代わり、税と労働を明確化。
痛みはありますが、回復は始まる」
ミラが、ゆっくりと顔を上げる。
「……嫌われます」
「はい」
「支持は、失います」
「ええ」
沈黙。
イサークが、低く言う。
「……私は、混乱を恐れすぎた」
その言葉は、小さかった。
「優しさで包めば、波及は防げると」
「防げません」
アレンは、はっきり言う。
「現実は、必ず表に出ます」
長い沈黙の末、ミラが立ち上がった。
「……やります」
声は、震えていない。
「私の名で、発表します」
イサークは、目を閉じる。
「責任は?」
「私が負います」
アレンは、静かに言った。
「いいえ」
全員の視線が向く。
「これは、制度の失敗です」
「……」
「責任は、機構が負います」
イサークが、ゆっくりと目を開ける。
「……君は、本当に自分を守らないな」
「守る必要がありません」
夜。
ミラは、広場に立った。
「皆さん」
ざわめき。
「これから、厳しい決定をします」
石は飛ばない。
だが、歓声もない。
戦後処理官は知っている。
優しい強硬策は、
最も中途半端な選択だ。
そして今。
本当の“痛み”を伴う決断が、
ついに下されようとしていた。
(第39話 了)
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




