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無能と追放された〈戦後処理官〉、英雄たちの失敗を全部押し付けられていただけでした 〜戦争は勝ったのに滅びる国で、俺は“後始末”を任された〜  作者: 風牙シオン


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第38話 見える破綻

 それは、静かな朝だった。


 市場の開場時間になっても、店が三割しか開かなかった。


「……入荷が、止まりました」


 エレナの報告は短い。


「周辺農村からの輸送が滞っています」

「理由は」

「貨幣価値の不安定化。

 “どうせ支払いが遅れる”と」


 アレンは、目を閉じた。


 ――来た。


 同日午後。


 配給倉庫で、異変が起きる。


「在庫が、予定より減っている?」

「はい。横流しではありません」

「なら」

「……単純に、足りません」


 計算が、追いつかなくなったのだ。


 延長された三十日。

 その間に、想定以上の流入があった。


 だが、誰も止めなかった。


 止められなかった。


 夕方。


 広場でざわめきが起きる。


「今日は、配給が減っているぞ」

「昨日より少ない!」


 兵が説明を試みる。


「調整中です、落ち着いて――」


 押し合い。

 怒号。


 ミラが駆けつける。


「待ってください!」


 彼女は叫ぶ。


「一時的な不足です!」


 だが、群衆の目は違った。


「嘘だろ!」

「聞いてないぞ!」


 初めて、歓声が起きない。


 夜。


 緊急会議。


「財政残高、三日分」


 静まり返る部屋。


「徴税は?」

「機能していません」

「外部支援は?」

「審査中。到着未定」


 イサークが、穏やかな声で言う。


「……ここで急な制限をかければ、暴動になります」

「かけなければ、破綻します」


 アレンは、はっきりと言った。


「今なら、まだ制御可能です」

「世論が持たない」

「世論は、空腹に勝てません」


 沈黙。


 ミラが、拳を握る。


「……私が、発表します」

「代表」

「私の判断です」


 広場。


 夜にもかかわらず、人が集まっている。


 ミラは、壇上に立った。


「皆さん、聞いてください」


 ざわめきは止まらない。


「配給は、明日から縮小します」


 どよめき。


「でも――」


「今さらかよ!」

「最初からやれ!」


 怒号が飛ぶ。


 ミラの声が震える。


「これは、街を守るための決定です」


 石が、壇上に当たる。


 兵が前に出る。


 混乱。


 アレンは、少し離れた場所で見ていた。


 表情は変わらない。


 だが、その拳は、わずかに握られている。


 翌朝。


 配給縮小は実施された。


 暴動は起きなかった。


 だが――


 市場は、完全に止まった。


「商人が、撤退を始めました」

「流通網、事実上崩壊」

「貨幣信用、低下」


 数字が、一気に跳ね上がる。


 イサークは、書類を見つめる。


「……ここまでとは」


 その言葉に、クラウスが吐き捨てる。


「遅らせた代償だ」


 ミラは、執務室で一人、机に向かっていた。


 涙は出ない。


 声は、もう力を持たない。


 アレンが入る。


「……予測通りです」

「……知っています」


 彼女は、顔を上げない。


「あなたは、止めようとした」

「ええ」

「私は、止めなかった」


 長い沈黙。


「……今からでも、間に合いますか」


 問い。


 アレンは、わずかに目を細めた。


「ギリギリです」


 その言葉は、冷酷ではない。


 事実だった。


 戦後処理官は知っている。


 破綻は、突然起きるのではない。


 ――見えているのに、見ないことで完成する。


 そして今。


 レルンは、

 誰の目にも見える形で、

 破綻の入口に立っていた。


(第38話 了)

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