第37話 世論の刃
暴動から五日。
街は、表面上の静けさを取り戻していた。
だが、空気は明らかに変わっている。
「……支持率、さらに低下」
エレナが、簡易調査の結果を差し出す。
「戦後処理官に対する信頼、三割未満」
「予測通りです」
アレンは、淡々と受け取った。
広場では、再びミラが演説している。
「私たちは、争うために復興するのではありません!」
拍手。
「間違いはあったかもしれない。
でも、誰か一人を責めることはしません!」
その言葉は、正しい。
だが群衆の中から、声が上がる。
「じゃあ、誰が責任を取るんだ!」
「失敗はあったんだろ!」
一瞬、空気が揺れる。
ミラは、迷わず答えた。
「私です」
ざわめき。
「代表として、私が責任を負います」
拍手が起こる。
だが、アレンはその光景を見ながら、静かに呟いた。
「……違います」
クラウスが横目で見る。
「何が」
「責任の“向き”が違う」
夜。
評議会特使イサークが、非公式会合を開いていた。
「現状は、世論の安定が最優先です」
都市の有力者たちが集まる。
「処理官の裁量は、さらに制限を」
「過激な改革案は凍結」
「代表の支持を守るべきだ」
イサークは、穏やかに頷く。
「混乱は、外へ波及させてはならない」
その言葉が、方向を決めた。
翌日。
正式通達。
――財政再建策、無期限延期。
――市場介入案、凍結。
――処理官は助言者に限定。
実質的な、権限剥奪。
庁舎の廊下で、エレナが怒りを抑えきれず言う。
「これは……追放と同じです」
「いいえ」
アレンは、静かに答えた。
「追放より、厄介です」
「なぜ」
「責任だけが残る」
広場では、噂が形を変え始めていた。
「処理官は何もしていない」
「代表の足を引っ張っている」
「最初から、来なければよかった」
歓迎は、完全に消えた。
夜。
ミラが、アレンを訪ねてきた。
「……ごめんなさい」
その声は、初めて弱かった。
「何がですか」
「あなたの案を、聞かなかったこと」
アレンは、首を振る。
「それは、代表の判断です」
「でも、結果は悪化している」
彼女は、視線を逸らさずに続ける。
「私は、声を優先した。
でも、その声が今、あなたを責めている」
沈黙。
「あなたは、怒らないのですか」
問い。
「怒りません」
「どうして」
「怒る相手がいないからです」
ミラは、唇を噛む。
「……私は、正しいと思っていた」
「今も、正しいですよ」
「でも、うまくいかない」
「正しさと成功は、別です」
その言葉が、彼女の胸に刺さる。
「……私は、どうすれば」
初めての迷い。
アレンは、静かに言った。
「責任を、引き受け続けることです」
ミラは、息を呑む。
「嫌われても?」
「はい」
「支持を失っても?」
「はい」
彼女は、震える声で言う。
「それが、代表の仕事?」
「ええ」
翌朝。
イサークは、さらに一手打った。
――処理官の公的発言、事前承認制。
言葉すら、制限される。
クラウスが吐き捨てる。
「完全に、刃を抜かれたな」
「いいえ」
アレンは、淡々と答える。
「刃は、まだあります」
「どこに」
「数字に」
彼は、最新の財政予測を机に広げる。
赤字曲線は、急角度に変わっていた。
戦後処理官は知っている。
世論は、刃だ。
だが本当に鋭いのは――
現実の方だ。
そして現実は、
もうすぐ、誰の目にも見える形で
牙を剥く。
(第37話 了)
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