第4話 戦後処理の始まり
翌朝、アレンは日の出前に目を覚ました。
城の客室。質素だが清潔な部屋だ。豪華な王城に慣れた人間なら不満を漏らすだろうが、アレンにとっては十分すぎる。机と椅子、書類を広げる空間がある。それだけでいい。
窓の外では、城下町がゆっくりと動き始めていた。
アレンは革鞄から書類を取り出し、机に並べる。昨夜、リーゼから渡されたグランツ王国の現状報告。財政、人口、軍備、交易、難民。どれも数字が歪んでいる。
「……典型的だ」
戦争が終わった国は、ほぼ例外なく同じ症状を示す。
英雄は去り、敵は消え、だが問題だけが残る。
扉を叩く音がした。
「入ってください」
入ってきたのは、短く刈った髪の男だった。傷だらけの顔に、実用本位の鎧。背中に大剣を背負っている。
「マルク・エインズだ。護衛を任された」
ぶっきらぼうな口調。視線は鋭く、露骨にアレンを値踏みしている。
「戦えない官僚に、護衛が必要なのか?」
「必要でしょう。嫌われる仕事をしますから」
マルクは一瞬、鼻で笑った。
「正直でいい。……で、何をすりゃいい」
「まずは、街を見ます」
「は?」
アレンは立ち上がり、書類をまとめた。
「現場を見ずに戦後処理はできません。数字は嘘をつきますから」
マルクは肩をすくめたが、文句は言わなかった。
二人は城下町を歩いた。市場、倉庫、職人区、難民の集まる広場。アレンは足を止め、話を聞き、時に質問を投げる。
「燃料は?」
「足りねぇ。北の炭鉱が止まってる」
「理由は?」
「人手不足と、資金だ」
別の場所では――
「仕事は?」
「ない。修理も建設も依頼が来ない」
「材料は?」
「倉庫に腐るほどある」
マルクは次第に口数が減っていった。
アレンの質問は的確で、答えが次の質問を呼ぶ。まるで、最初から答えを知っているかのようだった。
「……あんた、本当に戦えないのか」
「ええ」
「なのに、なんでそんな顔で街を見る」
アレンは少し考え、答えた。
「戦場より、戦後のほうが人が死ぬからです」
マルクはそれ以上、何も言わなかった。
昼過ぎ、二人は城に戻った。リーゼが待っていた。
「どうでした?」
「想定通りです」
「……早いですね」
アレンは机に簡単な図を書き始めた。
「まず、復興資金の流れを一本化します。今は省庁ごとに分断されている。次に、余剰資材を使った公共事業を即時開始。賃金は食料で支払う」
「現金ではなく?」
「貨幣価値が不安定です。まずは腹を満たす」
リーゼの目が、わずかに見開かれる。
「炭鉱は、傭兵を雇って再稼働。治安と雇用を同時に確保します。交易路は南を優先。王国を経由しないルートを使う」
「……それは」
「はい。政治的に嫌われます」
アレンは淡々と言った。
「ですが、生き残れます」
リーゼは、しばらく沈黙したあと、ゆっくりと頷いた。
「やってください」
「責任は?」
「私が取ります」
その言葉に、アレンは一瞬だけ、視線を上げた。
――責任を取ると言える人間。
それだけで、十分だった。
その日のうちに、命令は出された。
翌日、街が動き出す。
倉庫が開き、職人が呼ばれ、炭鉱へ向かう人の列ができる。食料が配られ、仕事が生まれ、噂が広がった。
「……誰だ?」
「新しい役人らしい」
「戦後の専門家だと」
数日後。
城の執務室で、リーゼが報告を受けていた。
「市場の暴動が止まりました」
「炭鉱、再稼働です」
「難民の流入が減っています」
リーゼは報告書を閉じ、アレンを見る。
「……魔法みたいですね」
「いいえ」
「?」
「後始末です。ずっと、誰もやらなかっただけで」
一方、王国。
宰相ベルナールは、増え続ける報告書に埋もれていた。
「なぜだ……なぜ、グランツだけが安定している」
英雄たちは凱旋式の準備に追われ、現場にはいない。代わりの官僚は判断を先送りし、問題は雪だるま式に膨らんでいた。
「……まさか」
ベルナールの脳裏に、灰色の官服がよぎる。
その頃、アレンは夜の執務室で、一人書類に向かっていた。
仕事は山積みだ。だが、不思議と疲れはなかった。
「……これでいい」
戦後処理官は、今日も戦わない。
だがその仕事は、確実に国の命運を左右していた。
そして王国は、まだ気づいていない。
自分たちが追放した男が、最も恐れるべき存在になりつつあることを。
(第4話 了)




