第3話 拾われる側
グランツ王国の城門は、王都のそれと比べれば、あまりに小さかった。
石は欠け、門扉の片側は応急処置の木材で補われている。見張りの兵士も数は少なく、鎧はまちまちだ。国としての余裕が、そのまま形になったような光景だった。
「……ここが、グランツか」
アレンは小さく息を吐いた。
商人たちと別れ、彼は一人で城門をくぐった。身分証はない。推薦状もない。だが、止められることもなかった。止める“力”が、この国には残っていない。
城下町は、静かだった。
活気がないわけではない。人は行き交い、店も開いている。だが、どこか皆、先を見ないようにして生きている。今日をやり過ごすことに精一杯で、明日を考える余裕がない目だ。
アレンは無意識に、人の流れと物資の動きを見ていた。
食料は入っているが、偏りがある。布は余っているが、燃料が足りない。職人はいるが、仕事がない。典型的な“戦後の歪み”だ。
――雑だな。
頭の中で、構造が組み上がっていく。
王城への道は、城下の奥にあった。門番に用件を告げる。
「面会を願いたい。内容は、復興と財政について」
門番は一瞬、アレンの格好を見て、怪訝そうな顔をした。
「……紹介は?」
「ありません」
「身分証は」
「ありません」
沈黙。
追い返されるかと思った、その時だった。
「通せ」
凛とした声が、門の内側から響いた。
門番が慌てて振り返る。そこに立っていたのは、一人の女性だった。深い青のドレス。装飾は控えめだが、姿勢と視線に、否応なく人を従わせる力がある。
「……殿下」
リーゼ・フォン・グラント。
この国の王女であり、事実上の統治者。
彼女はアレンをじっと見つめた。値踏みするような目。だが、侮蔑はない。
「復興と財政、ですか」
「はい」
「あなたは?」
「アレン・クロウ。元、王国戦後処理官です」
その名を聞いた瞬間、リーゼの眉が、わずかに動いた。
「……追放された、という」
「事実です」
門番が息を呑む。王女は一拍、間を置いてから言った。
「入ってください。話は、聞きましょう」
それだけで、決まりだった。
応接室は質素だった。豪奢な調度はなく、地図と書類が机を占領している。リーゼは席に着き、アレンにも座るよう促した。
「単刀直入に聞きます。あなたは、何をしに来たのですか」
アレンは、少しだけ考えた。
「拾われに来ました」
「……正直ですね」
リーゼの口元が、かすかに緩む。
「そして同時に、条件交渉に来ました」
「ほう?」
アレンは机の上の地図を指した。
「現在、グランツは三ヶ月以内に財政破綻します。原因は、復興計画の不在と、物資配分の失敗。ですが、立て直しは可能です」
「それを、あなたが?」
「私が」
リーゼは即座に否定しなかった。ただ、静かに問い返す。
「見返りは」
「職と権限」
「どの程度?」
「“戦後”に関する全権です」
室内の空気が、ぴんと張り詰める。
「……それは、国家の心臓部ですよ」
「だからです」
アレンは視線を逸らさず、言った。
「英雄はいません。大国の支援も限定的。今のグランツに必要なのは、戦果ではなく、後始末です」
リーゼは、しばらく黙っていた。
やがて、椅子に深く腰掛け、息を吐く。
「あなたは、なぜ王国で同じことをしなかったのですか」
「しました」
「では、なぜ追放された」
「……必要悪を、全部引き受けたからです」
その答えに、リーゼの目が細くなる。
「便利だった?」
「はい」
「そして、切り捨てられた」
「はい」
リーゼは、ゆっくりと立ち上がった。
「アレン・クロウ。あなたは危険な人物です」
「自覚しています」
「ですが――」
彼女は、窓の外の城下町を見た。
「今のグランツにとって、一番危険なのは、“何も変えられないこと”です」
振り返り、はっきりと言う。
「条件を飲みましょう。ただし、試用期間付きで」
「十分です」
アレンは、深く頭を下げた。
こうして、彼は拾われた。
国を失い、名を失い、それでもなお――必要とされる場所に。
一方その頃、王国。
宰相ベルナールのもとに、一通の報告が届く。
「……グランツ王国が、復興計画を再始動?」
「はい。資金繰りと物資配分が、急速に改善していると」
ベルナールは、嫌な予感を覚えた。
「誰が、指揮を?」
「……不明です。ただ、元王国の官僚が関わっている、との噂が」
ベルナールは、報告書を握り潰した。
その頃、アレンは城の一室で、初めて“グランツの全資料”を前にしていた。
山のような書類。滞った計画。破棄された契約。
――懐かしい。
アレンは、小さく笑った。
追放された戦後処理官は、今、新しい国の“戦後”に手を伸ばす。
そしてこの選択が、やがて世界の均衡を揺るがすことになる。
(第3話 了)
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