第32話 声の重さ
翌朝、広場には再び人が集まっていた。
即席の壇上。
その中央に立つのは、ミラ・エルフェルト。
「皆さん、聞いてください」
彼女の声は、よく通る。
「戦後復興管理機構の戦後処理官が、レルンに来てくれました」
歓声。
「でも――」
その一言で、ざわめきが止む。
「復興は、誰か一人がやるものではありません。
この街を立て直すのは、私たち自身です」
拍手が起こる。
アレンは、その様子を少し離れた場所から見ていた。
「……上手いですね」
エレナが小さく呟く。
「ええ」
「敵対しているわけではありませんよね」
「いいえ」
アレンは首を振る。
「彼女は、本気で街を守ろうとしている」
壇上のミラは続ける。
「数字も制度も大切です。
でも、今必要なのは――“声”です」
彼女は、群衆に向かって手を伸ばす。
「失った人の声。
壊れた家の声。
傷ついた心の声」
人々の目に涙が浮かぶ。
「私は、その声を聞き続けます」
大きな拍手。
その中で、アレンは静かに息を吐いた。
――完璧だ。
感情としては。
だが、その後。
仮設庁舎での会議は、予想通りの展開になった。
「まずは無条件の配給を延長しましょう」
「仕事を失った人も多い。徴税の再開は延期を」
「治安部隊の強化は刺激が強すぎる」
どれも、間違っていない。
だが――
「財政は、二週間で尽きます」
アレンが淡々と告げる。
「配給を延長すれば、一週間に短縮」
「それでも、今は必要です」
「必要なのは、持続です」
ミラが、静かに反論する。
「人は、安心できなければ動けません」
「安心は、条件付きで提供すべきです」
「条件をつければ、不信が生まれます」
「無条件は、依存を生みます」
空気が、ぴんと張る。
「あなたは、声を聞いていない」
ミラの言葉は、柔らかいが鋭い。
「いえ、聞いています」
「なら、なぜ」
「聞いた上で、線を引きます」
沈黙。
周囲の代表者たちが、視線を交わす。
「……冷たいですね」
誰かが、小さく言った。
その言葉は、部屋の中に重く落ちた。
会議は、結論を出せないまま散会した。
夜。
街では、焚き火を囲む人々の輪ができている。
「処理官って、本当に必要なのか?」
「ミラ代表がいればいいんじゃないか」
「でも、グランツは立て直したって聞いたぞ」
意見は割れる。
だが、空気は徐々に傾き始めていた。
仮設の宿舎で、アレンは資料を整理していた。
「……支持率、下がっています」
エレナが報告する。
「来訪初日から、です」
「当然です」
アレンは、ペンを止めない。
「私は、歓迎されるために来ていません」
「それでも」
「期待が大きいほど、反動も大きい」
彼は、窓の外を見る。
広場で、まだミラが人々と話している。
膝をつき、目線を合わせ、手を握っている。
「……彼女は、正しい」
エレナが驚いた顔をする。
「え?」
「今この瞬間に必要なことを、している」
少しの沈黙。
「でも、それでは持たない」
「ええ」
アレンは、はっきりと言った。
「問題は、どちらが正しいかではない」
机の上に、二つの案が並ぶ。
一つは、無条件延長。
一つは、段階的制限。
「問題は――」
彼は、低く呟いた。
「“どちらの正しさが、先に破綻するか”です」
遠くで、拍手が起きる。
ミラの声が、夜に溶ける。
戦後処理官は知っている。
声は、力だ。
だが――
声は、数字を変えない。
そして数字は、
やがて声を飲み込む。
(第32話 了)




