第26話 立場の反転
世界の空気が、わずかに変わった。
中立連合の救援規模縮小は、瞬く間に周辺国へ伝わる。
喝采は消え、代わりに現実的な評価が残った。
「……数字は、安定しました」
エレナの報告に、アレンは頷いた。
「救援地の治安指数、改善。
物資消費、想定内。
暴動件数、激減」
机の上の報告書は、冷たいほど整然としている。
「成功、ですね」
「はい」
リーゼは、少しだけ間を置いて言った。
「でも、連合は“嫌われ役”になった」
「ええ」
アレンは静かに答える。
「彼らは、ようやく“仕事”を始めました」
その日の午後、クラウスがグランツを訪れた。
以前の彼とは、どこか違う。
姿勢は変わらないが、目に迷いがない。
「……皮肉なものだな」
応接室で、彼は言った。
「今、各国から来る相談は、私ではなく――君に向いている」
「そうでしょうね」
「理由は分かっている」
クラウスは、苦く笑う。
「私は、理想を語りすぎた。
君は、最初から限界を語った」
立場は、完全に逆転していた。
かつては、
――救う者が称えられ、
――線を引く者が嫌われた。
だが今は違う。
「君は、最初から“長期”を見ていた」
「仕事ですから」
「私は……短期に溺れた」
沈黙。
クラウスは、ゆっくりと頭を下げた。
「……助言が欲しい」
「何について」
「次の救援判断を、どうするべきか」
その光景を、リーゼが静かに見守っていた。
――かつて、立場が逆だった二人。
「一つだけ」
アレンは、淡々と言った。
「“助けない理由”を、先に説明してください」
「……先に?」
「ええ。
助ける理由は、誰でも語れます」
クラウスは、目を閉じ、深く息を吸った。
「……分かった」
その瞬間だった。
エレナが、慌てて入ってくる。
「王国から、動きが」
「内容は」
「……英雄レオンが、国境を越えました」
部屋の空気が、凍りついた。
「単独ですか」
「いえ。
“制裁部隊”と称した、武装集団です」
リーゼが、低く息を呑む。
「……ついに」
「ええ」
アレンは、静かに言った。
「英雄は、物語を終わらせる気です」
クラウスが、歯を食いしばる。
「戦争になる」
「いいえ」
アレンは、はっきりと言った。
「これは――“破滅の前段階”です」
夜。
グランツの城壁から、遠くに篝火が見える。
英雄の軍勢だ。
「……君は、怖くないのか」
クラウスの問いに、アレンは答えた。
「怖いですよ」
「それでも、立つ」
「はい」
アレンは、城下町の灯りを見下ろす。
「ここで逃げれば、
“責任を引き受ける者”はいなくなる」
クラウスは、ゆっくりと頷いた。
「……私は、もう逃げない」
「ええ」
アレンは、初めてわずかに笑った。
「それで、十分です」
その夜、各国へ緊急通信が飛んだ。
――英雄が、秩序を破ろうとしている。
――これは戦争ではない。
――“戦後の崩壊”だ。
誰もが、決断を迫られる。
英雄の物語に、最後まで付き合うか。
それとも、現実を引き受けるか。
戦後処理官は知っている。
立場が反転した時こそ、
“本当の選別”が始まる。
――物語を信じる者と、
責任を取る者の。
(第26話 了)




