第25話 選別を始めた者
中立連合の本部で、決定が下された。
それは短い文書だったが、重みは十分すぎるほどだった。
「……救援対象を、再定義する」
読み上げたクラウスの声は、落ち着いていた。
だが、その指先は、わずかに震えている。
「無制限の受け入れは終了。
労働登録、家族構成、治安履歴――これらを基準に、配給を行う」
部下たちの間に、ざわめきが走る。
「監察官、それは……」
「分かっている」
クラウスは、視線を上げた。
「“選別”だ。
私が、最も否定してきたやり方だ」
沈黙。
だが、誰も反対しなかった。
現場は、すでに限界だったからだ。
「責任は、私が取る」
「……はい」
命令は、即日実行された。
救援地では、新たな掲示が張り出される。
――登録制移行。
――無登録者への配給停止。
人々の反応は、予想通りだった。
「裏切りだ!」
「最初は、誰でも救うって――」
怒号。
泣き声。
クラウスは、正面からそれを受け止めた。
「私の判断だ」
逃げなかった。
言い訳もしなかった。
その姿を、遠くからアレンが見ていた。
「……来ましたね」
エレナが、低く言う。
「ええ」
アレンは、静かに頷いた。
「同じ場所に」
夜。
クラウスは、アレンを訪ねた。
疲れ切った顔。
だが、逃げてはいない。
「……君の言う通りだった」
「いいえ」
「いや、そうだ」
クラウスは、椅子に腰を落とす。
「救うと決めた瞬間から、選ばなければならなかった」
「だから、最初に線を引く必要がありました」
「……遅かったな」
自嘲気味な笑み。
「だが、今からでも引いた」
「ええ」
アレンは、淡々と答えた。
「それが、責任です」
クラウスは、しばらく黙り込んだあと、言った。
「私は、君を冷酷だと思っていた」
「今も、そうでしょう」
「……いや」
クラウスは、首を振った。
「君は、最初から“最悪”を見ていた。
私は、“最善”しか見ていなかった」
その違いは、大きい。
「……羨ましいと思った」
クラウスの声は、低かった。
「君のように、泣かずに決断できたらと」
「泣かないわけではありません」
「なら、なぜ」
「……泣く順番を、後回しにしているだけです」
その答えに、クラウスは小さく笑った。
「いつか、追いつく」
「ええ」
「その時は――」
「一緒に、泣きましょう」
翌日。
中立連合の支援は、規模を縮小しつつ、安定し始めた。
救われる人数は減ったが、混乱は収まる。
数字上は、成功だ。
だが、支持は失われた。
「冷酷な連合」
「結局、どこも同じだ」
かつての喝采は、消えた。
クラウスは、その声を受け止めながら、淡々と職務を続ける。
グランツでは、別の噂が流れ始めていた。
「……連合の監察官、変わったな」
「戦後処理官に、似てきた」
その言葉を聞き、リーゼは静かに言った。
「彼は、追いついたのね」
「ええ」
アレンは、頷いた。
「代償付きで」
遠く、王国では。
英雄レオンが、報告を受けていた。
「……中立連合も、選別を始めた?」
「はい」
「結局、正義など――」
レオンは、拳を握りしめる。
「力しか、残らない」
彼の選択は、ますます極端になっていく。
アレンは、夜の執務室で一人、書類に向かっていた。
選別。
責任。
嫌悪。
それらは、どれも避けられない。
戦後処理官は知っている。
“選別を始めた者”は、
もう、元の場所には戻れない。
だが、それでも前に進むしかないのだ。
(第25話 了)




