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無能と追放された〈戦後処理官〉、英雄たちの失敗を全部押し付けられていただけでした 〜戦争は勝ったのに滅びる国で、俺は“後始末”を任された〜  作者: 風牙シオン


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第24話 泣けなかった理由

 その夜、雨は降らなかった。


 雲は低く垂れ込めているのに、一滴も落ちてこない。

 まるで、この国が涙を堪えているかのようだった。


 アレンは、執務室の明かりを落としたまま、机に向かっていた。

 書類はない。報告もない。


 ――考えるべきことは、もう整理されている。


 それでも、眠れなかった。


 扉が、静かに叩かれる。


「……入ってください」


 入ってきたのは、聖女セリアだった。


 外套を外し、簡素な服に身を包んだ姿は、かつて王国で見た“象徴”とは別人のようだ。

 ただの、一人の女性。


「……遅くに、すみません」

「構いません」


 二人は、向かい合って座った。


 しばらく、言葉がない。


 やがて、セリアが口を開いた。


「三人……亡くなったと聞きました」

「はい」

「あなたの判断が、遅れたから?」

「ええ」


 否定しない。

 それが、彼のやり方だった。


 セリアは、膝の上で手を握りしめる。


「……私は、祈りました」

「……え?」

「奇跡が起きないと分かっていても、祈りました」


 声が、わずかに震えた。


「それでも、何も起きなかった。

 助けられなかった人たちがいる」


 沈黙。


 セリアは、アレンを見た。


「あなたは、泣きましたか」

「……いいえ」


 即答だった。


 その答えに、セリアは息を詰まらせる。


「冷たい人ですね」

「よく言われます」


 だが、彼女は視線を逸らさなかった。


「どうして、泣かなかったのですか」


 アレンは、しばらく考えた。


「……泣いてしまえば、次の判断が遅れるからです」


 セリアの目が、見開かれる。


「泣く時間があれば、次の死を減らせるかもしれない」

「それは……」

「私は、泣くことを選ばなかった」


 アレンは、静かに続けた。


「泣く役目は、別の人がやればいい」

「……誰ですか」

「被害を受けた人たちです」


 その言葉は、残酷だった。


 だが、嘘ではない。


 セリアの瞳から、涙が溢れた。


「……あなたは、正しい」

「いいえ」


 アレンは、首を振った。


「正しさではありません。

 役割です」


 セリアは、嗚咽を堪えながら言った。


「私は……癒すことしか、できなかった」

「それも、役割です」

「でも、今は……何もできない」


 アレンは、初めて柔らかく言った。


「いいえ。あなたは、今“苦しんでいる”」

「それが……?」

「奇跡です」


 セリアは、息を呑んだ。


「苦しみを知らない者は、責任を引き受けられない」

「……」

「あなたは今、初めて“引き受けようとしている”」


 長い沈黙。


 セリアは、袖で涙を拭った。


「……私は、あなたを許せない」

「ええ」

「でも……責めきれない」


 アレンは、頷いた。


「それで十分です」


 その夜、セリアはグランツに留まる決断をした。


 聖女としてではない。

 一人の人間として。


 翌朝。


 リーゼが、アレンに告げる。


「……セリアは、あなたを“嫌いになれなかった”そうです」

「それは、厄介ですね」

「ええ」


 二人は、わずかに笑った。


 城下町では、復興作業が再開されている。

 失われたものは戻らない。

 だが、止まることはできない。


 アレンは、空を見上げた。


 雲は、まだ低い。

 それでも、雨は降らなかった。


 戦後処理官は知っている。

 泣かなかった理由は、強さではない。


 ――泣く暇が、なかっただけだ。


 そして、その役目を終える日が来るまで、

 彼は泣かない。


(第24話 了)

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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