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無能と追放された〈戦後処理官〉、英雄たちの失敗を全部押し付けられていただけでした 〜だが、唯一の”後始末役”を失った国は、英雄ごと自滅していった〜  作者: 風牙シオン


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第112話 出資比率

 総会は、十時ちょうどに開いた。円卓に、加盟二十か国の代表が着く。正加盟十三、準加盟七。準加盟には議決権がないが、発言はできる。議長が、二つの議案を読み上げた。アウストリア提出案。そして、機構事務局提出の修正案。


 修正案の提案理由の説明に、アレンは十二分を使った。条文を読み、費用の内訳を示し、エリオットの試算を配り、最後に木箱を開けて、二百三十一行の紙を卓の上に広げた。


「これは、東部ヴァイセン地区の、二年間の死亡者名簿です」


 円卓から、私語が消えた。


「百八十四人の名前が入っています。四十七行は、空欄です」


 彼は、紙をゆっくり動かして、全員に見えるようにした。


「空欄の行にも、分かっていることは書きました。年齢の推定、居住区、最後に配給を受け取った月。二行だけは、何も書けませんでした」


「クロウ殿」


 準加盟国の代表の一人が、手を挙げた。


「その名簿は、アウストリアの制度の欠陥を示すものですか」


「いいえ」


 アレンは、はっきり答えた。


「因果は証明できません。この名簿が示すのは、二年間、誰も気づけなかったという事実だけです」


「では、議案とどう関係しますか」


「気づけなかった理由が、記録の側にあるからです」


 彼は、卓の上の紙に手を置いた。


「この四十七行は、簡略方式が悪いから空いているのではありません。二年で捨てる規程があったから、空いています。三年目に数えようとした人間が、いなかったからではない。数えようとしても、数えられなかった」


 誰も、すぐには発言しなかった。


「――以上です」


 アレンは、席に戻った。


 答弁に立ったのは、ヴェルナー・クライストだった。ロートではなかった。想定問答集を作った男は、この場にいない。


「アウストリアは、修正案に反対しません」


 彼の第一声で、円卓がざわついた。


「静粛に」


 議長が卓を叩いた。


「クライスト殿。今、反対しないと」


「はい」


 ヴェルナーは、いつもと同じ声で続けた。


「修正案は、我が国の提出案の第一条を、そのまま採用しています。費用の削減という目的は達成されます。一・四という数字は、我々の一・二より高い。しかし、現行の二・一より、はるかに低い」


 彼は、手元の紙を持ち上げた。アレンが昨夕、宿泊室に届けた写しだった。


「第三条も、我が国の主張と矛盾しません。氏名台帳を判断の場に出さないという制限は、むしろ我が国が二十数年前に採った措置と同じものです」


「では、貴国は」


「〇・二の差を、どう埋めるかという問題だけが残ります」


 ヴェルナーは、紙を置いた。


「加盟国の平均で年に〇・二。額にすれば、小さくはありません。この差を負担するのは、より多く出している国です」


 円卓の空気が、わずかに変わった。アレンは、その変化を正確に感じ取った。――来た。


「アウストリアは、修正案を受け入れます。ただし、一点の付帯を提案します」


 ヴェルナーは、新しい紙を一枚差し出した。


「機構の議決について、加盟国の出資比率を反映させることを提案します。現行は一国一票です。これを、基本一票に、出資比率に応じた加重を加える方式へ改めます」


 円卓が、はっきりとざわめいた。


「加重の上限は、一国あたり三票までとします。極端な集中は起こりません」


「クライスト殿」


 カタリーナが、立ち上がっていた。


「それは、この議案と関係がありません」


「関係があります」


 ヴェルナーは、静かに応じた。


「本案は、費用を〇・二ぶん多く求めます。多く払う国が、多く決める。それだけのことです。払わない国が決め、払う国が抜ける――我々は、その形を一度見ています」


 カイゼン共和国の名前を、彼は出さなかった。出す必要がなかった。


 議長が、議事を止めた。


「付帯の提案については、別途審議とします。修正案の採決は、五日後といたします」


 円卓が、散った。


 廊下で、クラウスが低く言った。


「やられたな」


「はい」


「あんたの案は通る。通るが、通したぶん、あの国の票が増える」


「三票までです」


「三票までって言い方が、もう危ねえんだよ。上限を先に言う奴は、上限まで取るつもりだ」


 アレンは、否定しなかった。


 自室に戻り、彼は付帯提案の条文を三度読んだ。巧妙ではなかった。むしろ、驚くほど素直な条文だった。素直だからこそ、通る。多く払う者が多く決める。この理屈に正面から反対するには、機構が何のための組織かを、また一言で言わなければならない。その一言を、彼はまだ持っていない。


 夜、エレナが入ってきた。珍しく、扉を閉めてから話しはじめた。


「アウストリアの宿泊室に、早馬が入りました」


「いつです」


「一刻前です。南から、休みなしで来ています」


「内容は」


「分かりません。ただ」


 エレナは、そこで一度だけ間を置いた。


「随行の方々が、荷をまとめています」


 アレンは、窓の外を見た。ベルクの夜に、雪が降っている。総会の採決は、五日後。それまで、アウストリアの代表がこの街を離れる理由は、一つもないはずだった。


 戦後処理官は知っている。


 交渉が最も危険になるのは、相手が押してきたときではないということを。


 相手の後ろで、別の誰かが動きはじめたときだということを。

出資比率に応じた議決の重み。この付帯提案は、今後を左右します。

次回、南から早馬が運んできたものの中身です。

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