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無能と追放された〈戦後処理官〉、英雄たちの失敗を全部押し付けられていただけでした 〜だが、唯一の”後始末役”を失った国は、英雄ごと自滅していった〜  作者: 風牙シオン


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111/116

第111話 修正案

 書庫を出たのは、夜半だった。アレンは自室に戻らず、まっすぐ検証部会の部屋へ行った。灯りが点いていた。エリオット・ハーグは、まだ卓についていた。


「まだおられましたか」


「明後日が総会ですので」


「一つ、お願いがあります」


 エリオットは、書類から目を上げた。


「内容によります」


「計算をしていただきたい」


「何の」


「記録の保存方式を、三つに分けた場合の費用です」


 アレンは、卓の上に紙を一枚置いた。走り書きだった。


 ――集計と要約。永年。


 ――審査の過程と監査所見。五年。


 ――受給者の氏名台帳、および基準により受給から外れた者の氏名台帳。永年。ただし、氏名・区分・年月のみの一行形式とする。


 エリオットはその三行を読んで、しばらく黙っていた。


「三つ目が、要ですね」


「はい」


「現行の個別台帳は、審査の経緯まで含んでいます。これを一行にすれば、嵩は十分の一以下になります」


「十五分の一だと見ています」


「近い数字です」


 彼は、算盤を引き寄せた。


「もう一点、伺います。〈外れた者の台帳〉というのは、現行制度に存在しません」


「作ります」


「なぜ」


「基準で外した人が、その後どうなったかを照合するためです。それができなければ、基準を直せません」


 エリオットの手が、一度止まった。


「――増える台帳を作って、費用を下げる案ですか」


「そうなります」


「無茶です」


「無茶かどうかを、あなたに計算していただきたいのです」


 エリオットは、算盤の珠を、指先で一度弾いた。


「アレンさん」


「はい」


「私は、これが良い案かどうかは判断しません」


「存じています」


「幾らかかるかだけを出します。高ければ、高いと言います」


「それで結構です」


 彼は、灯りを一つ増やした。


 夜明け前に、クラウスとエレナが来た。朝になって、カタリーナが来た。三行の紙を見て、彼女は最初に一つだけ質問した。


「この氏名台帳は、誰が見られるのですか」


「見られません」


 アレンは、そう答えた。


「判断をする者は、閲覧できません。区分の審査、配給の割当、監査の実施――そのいずれの場にも、この台帳は出しません」


「では、誰が」


「検証をする者だけです。判断が終わり、一定の期間が過ぎたあとに、結果を照合する目的でのみ開きます」


 カタリーナは、その意味を測るように、少し黙った。


「――クライスト殿の原則を、そのまま入れたのですね」


「入れました」


「あの方の主張は、名簿が判断を歪めるということでした」


「歪めます。私はそれで四百人を死なせました」


 カタリーナは、そこで何かを言いかけたが、やめた。


「ですから、判断からは外します。外したうえで、捨てません。あの方と私の違いは、そこだけでした」


 昼過ぎに、エリオットが数字を持ってきた。紙は一枚だった。


「一・四です」


 誰も、すぐには声を出さなかった。


「現行が二・一。アウストリア案が一・二。本案が一・四」


 エリオットは、内訳を並べた。


「影響予測監査の停止で、まずアウストリア案と同じだけ下がります。そこから、氏名台帳の作成と保管で〇・二戻ります。審査記録を十年から五年に縮めることで、その半分弱を打ち返せます」


「差は〇・二」


「加盟二十か国の平均で、年に〇・二です」


「五年以内に払えなくなる三か国は」


「一・四なら、払えます」


 エリオットは、はっきりとそう言った。


「十年で耐えられなくなる六か国のうち、四か国も残ります。残る二か国は、いずれにせよ別の支援が要ります」


「――ありがとうございます」


「まだ終わっていません」


 エリオットは紙をもう一枚出し、それを卓の中央に置いた。


「もう一つ、申し上げます。私の名前で保証できる範囲の話です。氏名台帳を持つ制度は、持たない制度より、五年目以降の基準修正の回数が多くなります。過去の運用実績から、そう見込めます」


「修正が多いのは、良いことですか」


「分かりません」


 エリオットは、そう答えた。


「良し悪しは、私の担当ではありません。ただ、事実として、直せる制度は直されます」


 カタリーナが、はじめて小さく息を吐いた。


「エリオットさん」


「はい」


「それは、ずいぶん踏み込んだ一行ですね」


「数字です」


 彼は、表情を変えなかった。だが、そのまま部屋を出ていく背中に、クラウスが小さく口笛を吹いた。


 修正案の起草に、残り半日を使った。条文は五つ。アウストリア案の第一条をそのまま引き写し、第二条を差し替え、第三条に台帳の閲覧制限を置き、第四条に施行の年限、第五条に五年後の再検証を入れた。文体は、機構の書式どおりにした。飾りは一つも入れなかった。


 最後に、アレンは前文を書いた。一行だけだった。


 ――本案は、アウストリア提出案を否定するものではない。その骨格を採用し、一点のみを差し替えるものである。


「殊勝だな」


 クラウスが、後ろから覗き込んで言った。


「事実です」


「事実だが、こう書かれると向こうは反対しにくい。分かってて書いてるだろ」


「書いています」


「あんた、たまに怖いよ」


 夕方、写しが二十部刷り上がった。そのうちの一部を、アレンは自分でアウストリアの宿泊室へ届けた。取り次ぎの者に渡し、名乗って、それだけで帰った。届けたのは、四十七行の紙の写しと一緒だった。


 総会は、翌朝十時。


 戦後処理官は知っている。


 最も強い反論は、相手の設計を丸ごと受け取ったうえで、一点だけを差し替えるものだということを。

一・四倍。修正案ができました。

次回、総会です。

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