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無能と追放された〈戦後処理官〉、英雄たちの失敗を全部押し付けられていただけでした 〜だが、唯一の”後始末役”を失った国は、英雄ごと自滅していった〜  作者: 風牙シオン


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110/114

第110話 記録だけが違う

 ――では、我々の違いは何です。


 アレンはすぐには答えなかった。書庫の灯りが二つとも同じ高さで燃えている。棚の紙は音を立てない。


 彼は、この問いを二十日間、別の形で聞き続けてきた。カタリーナが「何を守るのですか」と言い、ロートが「埋めてどうされますか」と言い、トマスが「何と答えたか考えていました」と言った。どれにも答えられなかった。だが今夜、答えの形が見えていた。ゲルツ谷と、アウストリア東部の千二百人が、同じ卓の上に並んだからだ。


「クライスト殿」


「はい」


「あなたは、名簿を判断の場から外しました」


「はい」


「私も、外しました」


「そのようです」


「そこまでは、同じです」


 アレンは机の上に指で線を一本引いた。何も書いていない机に、見えない線を引いた。


「違いは、その先です」


 ヴェルナーがその線を目で追った。


「あなたは、判断の場から外した名簿を、捨てました」


「保管に費用がかかりますので」


「私は、外した名簿を、別の場所に置きました」


「別の場所」


「判断の卓ではないところです」


 アレンは指をもう一本、離れた場所に引いた。


「名前は、判断の入力にしてはいけません。それは、あなたが正しい。入力にすれば、陳情になります。私の場合は、情になりました。どちらも同じ壊れ方をします」


「では、何に使うのですか」


「出力です」


 ヴェルナーが、はじめて姿勢を変えた。


「――出力」


「判断は、基準で行います。名前は見ません。ですが、判断が終わったあと、その結果として誰が外れたのかを、名前で書き出します」


 アレンは二本の線の間を指で示した。


「入力ではなく、結果として。前ではなく、後で」


「意味がありますか。判断はもう終わっています」


「その判断が間違っていたかどうかは、その名前でしか分かりません」


 彼はそう言った。


「基準が正しかったかどうかは、基準を見ても分かりません。基準は、いつも自分では正しく見えます。分かるのは、その基準で外した人がどうなったかを、後から並べたときだけです」


 ヴェルナーは黙っていた。


「ヴァイセンでは、死者の数は正しく集計されていました。区分の更新も規程どおりでした。どこにも誤りがない。ですから、二年間、誰も気づきませんでした」


 アレンは続けた。


「気づけなかったのは、〈外れた人〉と〈死んだ人〉を突き合わせる紙が、どこにも残っていなかったからです。両方とも数字で残っていました。数字は、突き合わせられません」


「名前なら、突き合わせられる」


「はい」


 ヴェルナーの指が机の上で一度だけ動いた。


「――続けてください」


「あなたが東部でやったことは、判断の歪みを直しました。それは成功しています。私はそれを認めます」


「ですが」


「歪みが直ったかどうかを、あなたは確かめられません」


 灯りが、音もなく揺れた。


「均等になったと言われました。以前のどの年よりも均等だったと。その根拠は、配分の数字ですね」


「そうです」


「配分が均等でも、届いていなければ意味がありません。届かなかった人は、配分表には出てきません」


 ヴェルナーは、動かなかった。


「あなたの方式は、間違いを起こしにくい方式です。ですが、起こしたときに、それを発見できません。二年で捨てるということは、二年より長い時間をかけて現れる間違いを、制度が構造的に発見できないということです」


 アレンはそこで一度だけ息を置いた。


「私が守りたいのは、名前ではありません」


「では」


「――間違えたと、後から分かる状態です」


 棚の紙が音を立てなかった。二十日ぶりに、彼は自分の言葉でそれを言えた。カタリーナに答えられなかった問いに、今、答えが出ていた。


 ヴェルナーはしばらく何も言わず、それから、外套の前を一度直した。寒いからではなかった。何かを整えるときの、彼の癖だった。


「アレン殿」


「はい」


「あなたの言い分には、費用の裏づけがありません」


「ありません」


「後から分かる状態を保つために、加盟国は年に幾ら払うのですか」


「まだ計算していません」


「では、私の案は通ります」


「通るでしょうね」


 アレンは否定しなかった。


「総会は明後日です。今から代案は出せません」


「はい」


「にもかかわらず、あなたは反対を取り下げない」


「取り下げません」


「勝算はありますか」


「ありません」


 ヴェルナーはそこで少しだけ黙り、そして、この夜はじめて、椅子から身を乗り出した。


「――興味深い」


 その一言は、褒め言葉ではなかった。感嘆でもなかった。彼が本当に何かを面白いと思ったときにだけ出す、事実の報告だった。


「二年で捨てるのは記録ではない、とあなたは言われた。あのときは、感傷の言い換えだと思っていました」


「今は」


「設計の話だと分かりました」


 ヴェルナーは立ち上がり、扉のところで一度止まった。


「一つ、申し上げておきます」


「はい」


「私は、明後日、この案を通します。加盟国の四割は既に賛成を約束しています。あなたが四十七の紙を読み上げても、票は動きません」


「承知しています」


「そのうえで」


 彼は振り返らずに言った。


「四十七行の紙は、写しを一部、私にください」


 アレンはその背中を見た。


「読まれますか」


「読みます」


「なぜです」


「――さあ」


 扉が閉まった。


 その頃、南のアウステルでは、財務総監府の一室に灯りが点いていた。ディーター・ロートは、机の上に二つの書類を並べている。一つは、ヴァイセン地区の調査に関する自分の報告。もう一つは、機構総会に向けたアウストリアの想定問答集だった。


 想定問答集の第七問に、彼は細い字で書き足した。〈東部地区の死亡者に関する機構側の指摘があった場合〉。答えの欄には、こう書いた。――本件は、簡略方式の設計上の欠陥ではなく、承認手続きにおける確認不足に起因する。


 彼はその一行を二度読み返した。承認したのはヴェルナー・クライストである。


 ロートは羽根ペンを置き、灯りを消した。


 戦後処理官は知っている。


 同じ失敗から出発した二人が、正反対の場所に立つことがあるということを。


 そして、その距離を測れるのは、たいてい記録だけだということを。

南では、別の紙が用意されはじめました。

次回、総会です。

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