表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能と追放された〈戦後処理官〉、英雄たちの失敗を全部押し付けられていただけでした 〜だが、唯一の”後始末役”を失った国は、英雄ごと自滅していった〜  作者: 風牙シオン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/97

第11話 救われない場所

 地図の端に、赤い印が打たれていた。


 執務室の机いっぱいに広げられた地図。その一角、グランツ王国の領境からわずかに外れた位置に、小さな村落群がある。名前はあっても、記録は乏しい。戦時中、何度も戦線が行き来し、今ではどの国の支配も曖昧な場所だ。


「……支援要請が、三件」


 エレナが淡々と告げる。


「いずれも、食料と治安。難民が溢れ、略奪が始まっています」

「距離は?」

「最短でも、三日」


 アレンは、指で地図をなぞった。

 頭の中で、補給線と在庫、移動速度を計算する。


 ――届かない。


 正確には、届かせられない。


「現状、グランツの備蓄は?」

「余裕はありません。想定内ではありますが」

「炭鉱と公共事業を止めれば?」

「失業者が出ます。治安が悪化します」


 リーゼは、黙ってそのやり取りを聞いていた。

 やがて、静かに口を開く。


「……行かないのですね」

「はい」


 その答えは、即答だった。


 リーゼの表情が、わずかに曇る。


「理由を、聞いても?」

「救えないからです」


 冷たい言葉だった。

 だが、アレンの声には、迷いがなかった。


「今、あそこに支援を出せば、こちらが崩れます。グランツが崩れれば、結果的に救われる人数は減る」

「それでも……」

「それでも、です」


 アレンは、地図から目を離さず言った。


「戦後処理とは、“救える範囲を見極める仕事”です」


 沈黙が落ちる。


 リーゼは唇を噛み、窓の外を見た。

 城下町では、人々が働き、食べ、眠っている。守られている日常だ。


「……分かっています。理屈は」

「それで十分です」


 その日の午後、公式な決定が下された。


 ――領外地域への支援は、現時点では行わない。


 理由は簡潔で、正しい。

 だが、結果は残酷だった。


 数日後、別の報告が届く。


「村の一つが、放棄されました」

「住民は?」

「散り散りです。生存者もいますが……」


 言葉が続かない。


 夜。

 アレンは一人、執務室に残っていた。


 机の上には、支援要請書の写し。

 震える文字で書かれた、短い文章。


『助けてください』


 アレンは、それを畳み、引き出しにしまった。


 扉がノックされる。


「……入って」


 マルクだった。


「聞いた」

「でしょうね」

「外じゃ、あんたを冷酷だって言ってる奴もいる」


 アレンは、何も否定しなかった。


「正しい判断だと、俺も思う」

「ありがとうございます」

「でもな」


 マルクは、少し言いにくそうに続ける。


「それで、何も感じないなら……人間じゃねぇ」


 アレンは、ゆっくりと顔を上げた。


「感じています」

「なら――」

「だからこそ、決断しました」


 マルクは、それ以上何も言わなかった。


 同じ夜、国境近くの村。


 灯りは少なく、焚き火の周りに人が集まっていた。

 食料は尽きかけ、見張りもいない。


「……グランツは、助けてくれなかった」

「仕事があるって聞いたのに」

「結局、俺たちは――」


 言葉は、風に消えた。


 そして噂が生まれる。


 ――グランツは、選ぶ国だ。

 ――救う者と、切り捨てる者を。


 その噂は、ゆっくりと、しかし確実に広がっていく。


 翌朝、リーゼはアレンに言った。


「……あなたは、敵を増やしました」

「はい」

「後悔は?」

「ありません」


 一拍置いて、アレンは続けた。


「ただ――覚えています」


 救わなかった場所を。

 救えなかった名前を。


 戦後処理官は知っている。

 国を守るとは、線を引くことだ。


 そして、その線の外で起きた悲劇は、

 決して消えない。


(第11話 了)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ