第12話 助けを求める声
夜明け前、城門が叩かれた。
乱暴な音ではない。
だが、ためらいもない。
兵士が駆け込み、アレンに報告する。
「……門前に、数名。支援を求めています」
「人数は」
「五名。うち二人は子供です」
アレンは、一瞬だけ目を閉じた。
「通してください。武装解除の上で」
城門の内側に通されたのは、疲れ切った表情の人々だった。
年配の男が一人、若い女が一人、そして子供が二人。最後の一人は、片足を引きずる元兵士らしき男だ。
彼らの服は擦り切れ、泥にまみれている。
長い道のりを歩いてきたことが、見ただけで分かった。
「……グランツの方ですか」
年配の男が、震える声で言った。
「支援は、もう行っていないはずです」
「分かっています」
男は、深く頭を下げた。
「それでも……来ました。ここしか、思いつかなかった」
アレンは、ゆっくりと問いかける。
「村は」
「……ありません」
それ以上、説明はいらなかった。
リーゼが、わずかに身を乗り出す。
「子供たちは?」
「この子らは、俺の……いや、村の」
言葉が途切れる。
沈黙の中、子供の一人がアレンを見上げた。
怯えと期待が混じった目。
「……おじさん。ここで、働けばいい?」
胸の奥が、きしりと音を立てた。
アレンは、すぐに答えなかった。
――条件付き受け入れ。
――技能登録。
――労働義務。
この場で、例外を作るのは簡単だ。
だが、それは制度を壊す。
「……申し訳ありません」
その言葉に、場の空気が凍る。
「子供たちは保護対象です。ここに残れます」
「……じゃあ、俺たちは」
「条件を満たせば、です」
元兵士が、歯を食いしばった。
「俺は、もう戦えない。足も、こんなだ」
「労働は、戦うことだけではありません」
「だが――」
アレンは、はっきりと言った。
「全員を、ここに留めることはできません」
女が、声を震わせる。
「……子供だけ、置いていけと?」
「選択は、あなた方にあります」
残酷な言葉だった。
だが、嘘ではない。
しばらくの沈黙のあと、年配の男が、静かに言った。
「……この子らを、頼みます」
その瞬間、リーゼが立ち上がった。
「待ってください」
彼女はアレンを見た。
「この方たちは、戦争で家も国も失った。あなたの理屈は正しい。でも――」
「……分かっています」
アレンは、言葉を遮る。
「だからこそ、線を引いた」
リーゼは、唇を噛んだ。
初めて、明確な対立が、その場に生まれる。
最終的に、決定は変わらなかった。
子供たちは城下の保護施設へ。
大人たちは、最低限の食料と情報だけを渡され、門の外へ戻された。
去り際、元兵士が振り返る。
「……あんたは、正しいんだろうな」
その声に、憎しみはなかった。
ただ、諦めがあった。
数日後、噂が街に広がった。
「グランツは、子供だけを取る」
「働けない者は、見捨てる」
誇張と誤解が混じり、尾ひれが付く。
リーゼは、苛立ちを隠さなかった。
「このままでは、周辺国から孤立します」
「分かっています」
アレンは、冷静に答える。
「ですが、ここで揺らげば、内部が崩れます」
「……あなたは、国より制度を選ぶ」
「制度がなければ、国は守れません」
夜。
アレンは、一人で城下の保護施設を訪れていた。
簡素な建物の中、子供たちは眠っている。
小さな寝息が、静かに続いていた。
アレンは、毛布を直しながら、呟く。
「……すまない」
その言葉を聞く者はいない。
翌朝、エレナが新しい報告を持ってきた。
「周辺国で、“反グランツ感情”が広がり始めています」
「予想通りです」
「それと……」
彼女は一瞬、言葉を選んだ。
「あなたの名前が、“冷酷な戦後処理官”として出回り始めました」
アレンは、小さく息を吐いた。
「……やっと、私の番ですね」
戦後処理官は知っている。
善意だけでは、国は救えない。
そして――
正しさは、時に最も強い敵を生む。
(第12話 了)
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