第105話 四十七
十三日目。
朝から回って、確定は一人だった。
空欄、四十六。
十四日目。
二人。
四十四。
十五日目。
一人。
四十三。
十六日目。
ゼロ。
十七日目。
ゼロ。
四十三。
十八日目の夜、トマスが集計を持ってきた。手が、少しだけ震えていた。
「保留にしていた四人のうち、三人が確定しました」
「四十です」
「はい」
「残りは」
「……あと二日です」
現地に使える日数の残りだった。
十九日目。村の南側を、全戸回った。確定、ゼロ。
二十日目の朝、アレンは作業室の窓を開けた。外は霜が降りていて、畑の杭の番号が白く縁取られている。机の上には、二百三十一行の紙があった。名前が入った行、百八十四。空欄の行、四十七。
四十七。
「――増えました」
トマスの声が、かすれていた。
「四十だったはずです」
「三人、取り消しました」
アレンは、脇の紙を示した。
「昨日、確定にした三人のうち、四人目の証言と食い違いました。同じ家の別の人が、別の名前を挙げています。二対二です。基準では、三つ以上で確定です」
「……取り消すんですか」
「取り消します」
「でも」
トマスの声が、そこで一度上ずった。
「名前が、入るんです。空欄が、埋まるんです。四十が、四十三になるんじゃなくて――」
「入る名前が、その人のものでなければ」
アレンは、静かに言った。
「その人は、二度目に消えます」
トマスは、口を開いたまま、閉じた。しばらくして、彼は自分の手で、その三行を消した。消した上に、鉛筆で薄く線を引いた。線は残した。
四十七。
最終日、アレンは実務班全員を作業室に集めた。
「空欄の四十七行に、分かっていることだけを書き足します」
誰かが、顔を上げた。
「名前以外を、ですか」
「はい。名前は分かりません。ですが、私たちは十九日間で、名前以外のことをたくさん聞きました。それを捨てる理由はありません」
アレンは、一行目を指した。
「たとえば、この行です。西の三軒目、ハンナという女性の、上の子。冬の前まで、ミリアム・タウベさんの家で粥を食べていた。使っていたのは、壁の右から三本目の匙」
誰も、手を動かさなくなった。
「名前がないから氏名不詳、と書けば、この行は一行で終わります。二年後に廃棄されます」
彼は、紙の余白を、指でなぞった。
「ですが、こう書いてあれば、いつか誰かが読みます。読んだ誰かが、思い出すかもしれない。思い出さなくても、この行は――人の形をしています」
トマスが、鉛筆を取った。
「書きます」
その夜、四十七行が埋まった。名前の欄は、空いたままだった。四十七行のうち、二十九行に年齢の推定が入り、三十四行に居住区が入り、十一行に、その人が最後に受け取った配給の月が入った。
二行だけ、何も書けなかった。埋葬記録に骨だけがあり、誰も、何も覚えていなかった二人。その二行には、アレンが自分で一行を書いた。
――この地区で、第四十年度の冬に亡くなった。それ以外は、分かっていない。
書き終えたのは、夜明け前だった。
ミリアム・タウベの家に、最後にもう一度寄った。老女は、まだ起きていた。豆はもう選り終わっていて、膝の上には何もなかった。
「終わったのかい」
「終わりません」
アレンは、そう答えた。
「四十七人、名前が分かりませんでした」
「そうかい」
「そのうちの一人が、お宅の匙で粥を食べていた子です」
ミリアムは、壁を見た。匙は、七本かかっていた。
「あの子の名前は、たぶんもう、この村の誰も知らないんだね」
「はい」
「あたしが、いちばん近かったのに」
「はい」
アレンは、そこで嘘をつかなかった。
彼女は、少し笑った。
「あんた、慰めないんだね」
「慰めると、あなたが謝りたくなります」
「……ああ」
老女は、それきり黙った。
帰り際、アレンは戸口で振り返って、一つだけ頼んだ。
「その匙を、外さないでいただけますか」
「なんで」
「思い出す人が、いるかもしれません」
馬車に荷を積んだのは、日が昇ってからだった。二百三十一行の紙は、木箱に入れて、蓋を釘で打った。写しをもう一部作って、そちらは村の役場に置いた。
地区の職員が、見送りに出ていた。棚の前で言葉を切った、あの男だった。
「これは、廃棄の対象になりますか」
彼が尋ねた。
「規程では、二年です」
「……はい」
「その規程を、これから変えに行きます」
男はしばらく何も言わず、それから、深く一礼した。
馬車が動き出したとき、トマスが窓の外を見たまま言った。
「四十七、って、少ないですよね」
「二百三十一のうちの、四十七です」
「はい。二割です。八割は、名前が戻りました」
彼は、そこで一度息を吸った。
「八割戻ったのに、全然、勝った気がしません」
アレンは木箱に手を置いた。釘の頭が、指に当たった。
「トマスさん」
「はい」
「勝ち負けで数えると、四十七は端数になります」
馬車が、未舗装の道に出た。工事は、今日もしていなかった。
戦後処理官は知っている。
八割を救えたと言えば、それは立派な成果だということを。
そして、残りの二割には、二割という名前がないということを。
四十七人の名前は、最後まで戻りませんでした。
次回、ベルクへ戻ります。




