006 (衝動)
リュリュシャちゃん視点
日神国への留学が決まったときは、正直に言えば不満でした。
極東の島国である日神国。
彼の国の魔導技術は確かに世界最高峰ではありますが、わが国の魔導技術も……日神国ほどではないですが、世界でも上位の技術力を持っていると自負しております。
魔導技術を学ぶのなら国内の学園へ進学すればいいのです。
そもそも、もう既にお兄様が日神国へ留学しているではないですか。
わざわざ国を離れ、遠く離れた極東の地へ私まで学びに行く必要はないと思いました。
そんな私に対してお父様は父親としてではなく、皇帝としてこう言いました。
「あの国を決して侮るな」
………日神国の何を警戒してらっしゃるのでしょうか?
確かに魔導技術の高さは素晴らしいと思いますし、過去に公務で何度か足を運びましたが経済状況や政治の在り方、国民性も悪くはないという印象でした。
あとは、美しい自然の風景が数多く残っていることでしょうか。
わが国にも美しい風景を持つ地は数多くありますが、悔しいですが日神国には敵わない気がいたします。
何と言えばいいのでしょうか……あの国の自然は正しくておかしいのです。
……何がおかしいのかはわかりません。
わが国が保有する日神国に別荘地から初めて富士の山を見たときは、そのあまりの美しさに圧倒されました。
……何もおかしくはないのです。
雄大な自然に圧倒された例など私以外にもいくらでもあるでしょう。きっと初めて目にした美しすぎる風景のせいで、逆に違和感を覚えてしまったのでしょう。
……そう、全ては私の勘違いなのです。
きっとそうに違いありません。
お父様があのようなに仰ったから、少しだけナイーブになっているだけなのです。
お父様は留学に対してあまり前向きではなく否定的な私に釘を刺したのでしょう。
いけませんね、私は皇女としてまだまだ未熟なのかもしれません。
そう自分を言い聞かせて納得させながらも、私は日々の公務を行う傍らで留学の準備を進めていきました。
後日、私の留学先は桜花魔導学園になると連絡が入りました。
てっきりお兄様と同じ菊花魔導学園へ留学するものだと思っていましたから、少し意外でした。
お父様は皇帝として国を背負っている身ではあり、皇族として厳しいことは言うが……家族として接するときには少し甘い所もあるので、年頃の私を一人にはせずにお兄様と同じ学園にすると思っていましたのに。
まあ、決まった物は仕方がありません。
もしかしたら、リスクを分散させる意味もあるのかもしれませんし。
わが国や皇族に恨みを持つ者などが私やお兄様を標的としてテロや暗殺等を起こすのでしたら、同じ学園に留学するよりは別々の学園に留学しすれば、全滅のリスクを分散させることが出来ますし。
その分、警護をするのは大変になりますが……そもそも、暗殺ならともかく日神国の研究学園都市でテロを起こせるだけの度胸を持った団体など世界中探しても早々いないでしょう。
あの国は、テロなどで無辜の民を巻き込むことを極端に嫌いますから。
わが国もお父様も極端に後ろ暗いことはやっていないとは思いますが、国の運営とは綺麗事だけではやっていけないものです。
清濁を併せて吞まなければ、国の繁栄や民の安寧など護れやしないのです。
恨みなどを気づかぬうちにいくらでも買っている可能性もあります。
そんな者たちからすれば、此度の国外への留学は私を狙う絶好の機会になりえますね。
国を発つまでに、公務以外にも出来る限りのことはしていきましょう。
長男であるお兄様も国外へ留学させていますし、その辺りのことはお父様も十分調べて留学させていると思いますが、念の為に私の方でも調べておいても損はないでしょう。
…………………………………疲れましたわ。
私の留学の無事を祈る名目で行われたパーティー。
こういったパーティーには慣れていますが、最近は公務だけではなく国内外の我が国に対してテロ行為を起こしそうな過激派について調べたり、同時に留学の準備も進めていていますから流石にオーバーワーク気味ですわね。
パーティーでは私の婚約者にと自分や子息を推薦しに来る者ばかりでしたし。
たしかに、私には未だ婚約者がいませんが……年単位で留学をする予定の私にいま婚約のアプローチをかけるのはどうなのでしょう?
それとも、年単位で留学をするからこそ最後のチャンスと言わんばかりにアプローチをかけて来たのでしょうか?
相手に期待も言質を与えぬように笑顔で断り続けるのは本当に疲れました。
幾人かの方が勘違いしていましたが、私は別に結婚相手を探す為に留学する訳ではないのですけど。
その辺りはお父様やお母様に聞いていただければいいのに、何故か私に聞きに来るのですよね……。
お父様やお母様は素知らぬ顔をしていましたし、妹は面白そうな目を私に向けていましたが……婚約者がいないのは貴女も同じですのに、何故私のようにアプローチを受けないのでしょう?
ですが、パーティーで私の当分の公務は終わりました。留学の準備も出来ていますからあとは旅立つ日を待つばかりです。
出発まで僅かな日数ですが、久しぶりにゆっくりと羽を伸ばせそうですわ。
そういえば、お父様から珍しく私室の方へ来るように呼び出しを受けましたが何なのでしょう?
「本当に、お父様は何をそんなに警戒しているのかしら?」
日神国へ向かう飛行機の中で、思わず呟いてしまう。
左手に目を向ければ美しい紋様が刻まれた銀色のブレスレットが輝いている。
「いくら私が今代の契約者だからといって、神蝕遺物の持ち出しを許可されるとは思いませんでしたわ」
国家の持ち物ではなく、皇族の持ち物だからといって……下手をすると小国くらいなら平気で買えてしまう代物ですのに。
「此度の留学の意味を改めて考える必要があるのかも知れませんね」
留学ということで普段の国外の公務よりも護衛の数は少ないですし、学園にはアルテが共に通う予定ですが、お父様がこれの持ち出しを許したということは、警戒はすべきですわね。
不安がないと言えば嘘になりますが、少しだけ楽しみだと思ってしまうのは不謹慎なのかもしれませんわね。
日神国へ来てからは神皇家への挨拶や政府の高官との会合。わが国と取引のある企業の重役達との面会が立て続けにあり、気づけば明日は学園の入学式。
もう少し、余裕を持って来日するべきでした。
私の公務も手伝って貰っているのに、学園の準備等をほとんどアルテに任せてしまうことになったのは反省しなければなりませんね。
留学中は身の回りの世話をしてくれるメイド達も護衛も最低限しかおりませんし、本国にいたときのような感覚は直していかなくては。
幸い、公務も昨日までで全て終わり今日は一日オフとなりましたし、私以上に休む暇のなかったアルテにはゆっくり休んでもらいましょう。
私は…………そうですね、気分転換もしたいですし少し散歩でもいたしましょうか。
暗器も位置情報を知らせる魔道具も持っていきますし、少ない人数でやりくりしてくれた護衛達も休ませたいので護衛も断っていきましょう。
この街は治安もよいですし、神蝕遺物もありますから1人でも大丈夫でしょうし。
もちろん変装もします。本国でもお忍びの際にはこの変装をすればバレなかったですからね。
では、夕飯には戻って来る予定で行きましょう。
「そして私は、彼に出会った……出会ってしまったのです」
護衛を付けずに1人で歩くなど、生まれて初めてではないでしょうか?
そう考えたら、なんだか悪いことをしているみたいで少しだけウキウキしてしまいます。
そのまま街を気ままに散歩していたら桜がとても綺麗に咲いている神社を見つけました。
日神国の春はとても好きです、桜を見ているだけでここ数日の疲れが癒されていくようですわ。
鳥居をくぐり、桜並木の参道をゆっくりと歩く。
しばらく歩くと、桜に囲まれた広い境内と大きな本殿が見えてきた。
ふと、空気が変わった。
わずかだけど、それでも間違いなく神気が混ざった魔力を感じた。
あぁ、ここは神がいる場なのだということが肌で理解出来た。
(……………こういうところは、日神国のずるい所ですわね)
日神国以外の国なら、聖地と呼ばれる場所や歴史のある宗教の遺跡等でない限りは神気混じりの魔力を感じられる場所なんてほとんどないのに。
そんなことを考えていたら、ふと何かを探すように周囲を見渡している男性の姿が目に入った。
「あのっ!」
…………………私、いま何をしましたの?
声をかけた?見知らぬ男性に??私が???
心は混乱しているのに、身体は勝手に動いていく。
聞こえていなかったらしい男性にもう一度声をかけ……こちらに振り返ってくれた男性に神社での作法を知らないので教えて欲しいと嘘をつく。
過去に日神国を訪れた際、公務でもっと大きい神社を参拝したこともあるので当然作法は知っているのはずなのに、私は当然の様に男性に嘘をついた。
その後も私は嘘を重ねた。
男性に参拝の作法を教わっている時には財布にはカードの類しかなく現金は持っていないと話し、小銭を借りた。
男性は小さな金額だし、初めての参拝なら記念になるから貸し借りなど気にしなくてもいいと言ってくれたが、私は「小さな金額ですが必ずお返しいたしますわ」という言葉を微笑みながら吐いた。
外交でも公務でも使わない、自分の容姿を最大限に利用したある種本気の微笑み方だったのが自分でもわかった。
………何なのでしょうか?これは。
私が私の意思に反して、私が勝手に行動をしていく。
叫び出たいくらい心が人生で最大級の混乱をしているのに、身体は何事もないように動いていく。
参拝が終わった後、男性を言葉巧みに境内のベンチへと誘導し並んで座り会話を続けていく私。
いままでの公務で培ってきた会話術さえも使って、男性が自分から私に話をしたくなるようにして情報を引き出している。
男性は鳴宮 咲刀という名前で、今年から桜花魔導学園へ入学するとの話しが出ると「では、同級生になるのですね。学園でお会いすることがあればよろしくお願いいたしますわ咲刀様」と私は嬉しそうに彼に笑いかけていた。
初対面の男性を名前で呼ぶなど、いままで受けてきた教育からは考えられないのに……私は止まってくれない。
ふと、違和感を感じた。
(彼は、私が誰なのか気づいている?)
私が名を明かそうとする度にわざとらしく話を逸らしている気がします。
自慢するようですが、私の容姿はかなり整っています。
少し……そう少しばかり大きな胸も世の男性には大変に魅力的なようで、現に彼も胸に視線が行きそうになる度に慌てて顔の方に視線を戻しています。
そんな私が愛想よく、まるで彼を誘っているかのように話を進めているのにも関わらず……彼は私をリュリュシャ・I・グラインナーダと知った上で私と一定以上の距離を保とうとしているように感じられます。
(彼は一体何者なのだろう?)
結局、私は名を告げられないまま彼と会話を重ね……彼とは神社の入り口の鳥居の前で別れることとなった。
何度か私は彼を昼食に誘っていましたが、最後まで彼はこの後用事があるからと断り続けました。
「………何だったのです」
彼と別れた後は、私はまた自分の意思で身体を動かせるようになった。
ガタガタと身体を震え出した。
震える身体を抱きしめ必死に震えを止めようとするが、一向に震えは止まらない。
正直、彼が昼食の誘いを断ってくれて助かった。
「………本当に、何だったのです」
怖かった、自分がひたすらに怖かった。
彼を一目見た瞬間から、私が私でなくなった瞬間からずっと感じていた衝動。
幾日も食事をまともに取れなかった人は、あのような衝動を抱えるのでしょうか?
幾日も灼熱の砂漠を歩き、渇き苦しんだ人が水を前にしたらあのような衝動を覚えるのでしょうか?
あぁ………あの時の私は、彼に対して抗い難い食欲をずっと感じていたのです。
彼の身体に噛み付き
血を啜り
肉を千切り
骨を噛み砕く
彼の身体が食べたい
食べたくて食べたくて仕方がない
でも
心臓から血を搾り飲み干すだけではきっと足りない
筋肉や脂肪を噛み千切り 脳や内臓を貪ってもきっと足りない
骨を噛み砕いて髄を舐めつくしてもきっと足りない
彼の身体の全てを食べたい
彼の魂まで喰らい尽くしたい
彼という存在の最期の一欠片まで私は味わいたい
彼と言葉を交わすほどにその衝動はより強く、より深く私を蝕んでいきました。
だから、私からの誘いを断ってくれたことは本当に……本当に助かった。
あれ以上、彼と一緒にいたら………私は………
私は、きっと 鳴宮 咲刀を愛してしまっていたから。
実はこれ、リュリュシャ覚醒イベントの1つでほぼ回避不可能なのです。回避方法は「リュリュシが咲刀と出会わない」ってことだけなので、同じ学園に通う以上まず無理だったりします。
何でリュリュシャが咲刀に対して抗い難い食欲を感じたのかってのは、リュリュシャのある体質のせいなのですが……次回である程度わかります。
ヒント的なもの↓
このイベントは本来なら主人公とリュリュシャの間で発生するはずでしたが、主人公より咲刀が先にリュリュシャと出会ってしまったのでこのような形になりました。
本来のゲーム内でのイベントは「主人公と出会ったリュリュシャが主人公に対し奇妙な感情を抱く」というリュリュシャルートのフラグになるものでした。
しかし、先に咲刀と出会ったことにより感情ではなく衝動を覚えることとなり、この本編では咲刀が生存している限り主人公とリュリュシャが結ばれることはなくなりました。
また、仮に主人公とリュリュシャが先に出会い愛を深めていた場合でも、どれだけ深く主人公を愛していても咲刀と出会った時点でリュリュシャは衝動に襲われ、咲刀が存在している限りリュリュシャは咲刀への衝動を抑え続けることになり……最後は主人公への愛は咲刀への衝動を負けてNTRれます。
ちなみに、リュリュシャママンは大丈夫なのですが……リュリュシャ妹は出会って5秒で即ガブリってレベルで即落ちします。ぶっちゃけ、リュリュシャより妹のがヤバい。
作者のやる気が絶好調になりますので
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