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専属の侍女

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「いっ……」


 たぁ、と声を漏らしながら、慎重に切り傷に持参していた常備薬を塗る。


(どうしてこんな目に)


 結局、あの後連れ戻された私は、今日から此処に住むよう言われた部屋へ案内された。

 先程と同じく案内してくれた方はどうやらイヴァン様の従者さんのようで、名前をユーグ、と名乗っていた。

 ユーグさんは優しいけれど、イヴァン様に対し腹が立っていた私は、お医者さんの手当てを受けることを拒み、自分で先程の切り傷……、掌と首の傷を持参していた薬で処置していた。


(あの人からの施しは受けないからと突っぱねたけど……、片手ではなかなか包帯が巻けない)


 首の切り傷はほんの僅かだったためテーピングで済んだけれど、剣を押し返した左の掌からはなかなか血が止まらなくて。


「まだ利き手ではない方だったから幸いだけれど……、それでも巻きにくいわね」


 止血はなるべく力強く巻かなければいけないのに、と悪戦苦闘しながら何とか巻き終え息をついた。


(……あの人は、本当に酷い)


 確かに、彼の言っていることは正しい部分もあるのかもしれない。

 だけど、如何せんあまりにも人の話を聞かなさすぎる。


(私が悪女、レイラは善女。 多分その噂を聞いて、助けられたのは私では無くレイラの方だと思い込んでいるんだわ)


 現に、あのメモには名前が書いていなかったし、仕方がないとは思う。


(しかも、最後の最後でレイラが書き置きしていたなんて知らず、しかもご丁寧にそのメモを持ち帰ってくるなんて……っ)


 イライラとしてベッドに当たるが、何の意味もない。

 はぁ、とため息をつき、無駄に広い豪華なベッドに寝転がったところでロケットペンダントが目につく。


(……そういう私も、何故こんな物持ってきてしまったんだろう)


 パカッと開けば、小さく折り畳まれている紙が入っている。

 それは以前、助けた彼が書き置きしていったあのメモだ。


(っ、こんなもの!)


 グシャッと丸めて捨てようとしたのだが……、無理だった。


(だってこれを見て元気をもらっていたんだもの)


 私ははぁっと再度ため息をつき、ロケットペンダントをしまうと部屋のバルコニーに出る。


(風が気持ち良い)


 火照った顔を冷ますようにそっと目を閉じ、大きく息を吸い込む。


(此処の空気は澄んでいるわね。

 山上だからか景色も良いし、素敵な場所だからいうことはないのに)


 ふと思ってしまう。

 もしこの求婚が、私宛だったのなら。

 レイラも私もこんな思いをしなくて済んだかもしれない。


(レイラ、ごめんなさい)


 あの子は今何処にいるのかしら。

 何事もなければ良いのだけど……。


「……って、それでもあんな方との結婚は無理っ!!」


 もし一ヶ月無事でいられたとしても、レイラにイヴァン様との結婚を、なんて薦められるような相手ではない。

 いやでももしかしたら、レイラにならイヴァン様の当たりも変わるのかもしれない。


(レイラに書いてもらった紙をわざわざ胸ポケットに入れてるなんてバッカみたい!)


 自分のことを棚に上げ、またむしゃくしゃとした気持ちになっていると。

 コンコンと扉をノックをする音が耳に届く。


「はい」


 私がそう返事をすれば、ガチャッと扉が開き、そこからヒョイと顔を覗かせたのは、私と同じかもう少し若いくらいの侍女の姿だった。


「リディア様、ですよね」

「は、はい」


 妹以外、同じくらいの歳の子と話すなんて久しぶりだわ、と少し緊張しながらそう答えれば、彼女は笑みを浮かべて口を開いた。


「今日からリディア様専属のお世話係を務めさせて頂きます、ニーナと申します!

 宜しくお願い致します!」

「私の、侍女?」

「はい」


 その言葉に呆気に取られてしまう私が不思議ったのか、「リディア様?」と呼びかけられる。

 私は慌てて首を横に振った。


「な、何でもないわ。 一ヶ月間、宜しくね」

「はい! お任せ下さい!」


 彼女は元気いっぱいにそう返事を返してくれる。


(私の専属のお世話係……、ね)


 家には私の専属のお世話係はいなかった。

 というのも悪い評判が立ち、レイラを突き飛ばしたあの日から、侍従達は私をより一層嫌悪していたから。


(まあ、嫌われたり遠巻きにされるのなんて、もう慣れっこだから何ともないけれど)


 前世でも病弱な体のせいで皆に迷惑をかけていたから、皆とはある程度距離を保っていたし。

 ……何て、自分で言っていて悲しくなるわ。


「そうそう、リディア様。 まだ昼の分のお食事はお召し上がりになられていないですよね」

「え、えぇ、そうね……」

「……あまりご気分が優れませんか?」

「ごめんなさい、多分此処一帯の標高にまだ慣れていないからだと思うわ……」


(前世では、確か“高山病”というのだっけ)


 この地は標高の高い山の中腹あたりに位置しているため、馬車に乗って休憩しながら向かったものの、それでも乗っている間から違和感を感じ始めていた。


「お医者様をお呼び致しましょうか?」

「いえ、そんなに悪くはないから一日安静にしていれば大丈夫だと思うわ」

「左様ですか……、では何かありましたらこのベルを鳴らしてお呼び下さいませ」

「えぇ」


 ニーナはそう言って部屋を後にしてくれた。


(きっと気を遣ってくれたのね)


 高山病というのもあるけれど、本当は一人になりたかった。

 今日は色々なことが一挙にありすぎて、心身共に疲れているから。


(……この一ヶ月、どうなってしまうのだろう)


 レイラを演じなくて良いことになったのは肩の荷が降りたような気もするけれど、逆にリディアだと述べたことで面倒事は起きそうだ。


(だって私は、“悪女”のレッテルを貼られてるんだものね!)


 たかが噂だろうと放って置いたが、まさかそれを信じる方がこんなにもいるなんて思わなかった。


(……あぁもう、面倒臭い)


 一ヶ月此処にいろと言われたのなら、なるべく彼とは関わらず、この部屋から出ないのが無難だろう。

 どうせ部屋から出たら、“逃げようとしてる”だの何だのお得意のいちゃもんをつけてくるに決まっているから。


(もういいや、寝よう)


 ベッドに入り目を瞑れば、ズキズキと首と掌の切り傷が痛む。


(また、傷になってしまうかもな)


「……痛い」


 傷も、心も。

 私の精神は早一日ですり減っていたのだった。





「……ん」


 温かな日差しの中で目が覚める。


(……あれ、今何時?)


 柱にかかっていた時計を見てハッとする。


「8時!? え、私あのまま今まで眠ってしまっていたの!?」


 軽くパニックを起こしていると、ふと自分の手の包帯が綺麗に巻かれているのが目に入る。


(……あれ、眠っている間にニーナが治してくれたのかな?)


 それでも起きなかったのね、と苦笑すると、コンコンと控えめなノック音が聞こえる。

 私は慌てて身支度を整え、「はい」と返事をすれば、ガチャリと扉が開きニーナが顔を出した。


「おはようございます、リディア様! よくお眠りになられたようで何よりです」

「えぇ、お陰様で。 大分調子も良くなったわ」

「それは良かったです」


 ニーナは手を叩くと、カーテンを開けてくれた。

 それから少し窓を開けてくれたことによって爽やかな朝の風が頬を撫でる。


「此処の気候は穏やかね。 私の家の気候とはまた違う、過ごしやすい環境だわ」

「分かりますか? そうなんですよね、私もこの山の気候が一番素好きです!

 空気は美味しいし、何よりお屋敷の近くにある湧水がとても美味しいんですよ」

「あら、そうなの? ふふ、今度飲んでみたいわ」

「その時はご案内致しますね」


 ニーナは笑顔でそう言って、私に盤に入ったお湯で顔を洗うよう勧めてくれる。


「……ニーナは、優しいのね」

「え?」

「ううん、何でもないわ」


(余計なことを口走ってしまった)


 盤に張られた水は、丁度良い温かな温度をしていた。 

 私の以前の侍女は、いつも冷たいお水をわざと私に準備していたから、今はその温かさが心に沁みる。

 ニーナに感謝しつつ、そのぬるま湯で顔を洗った後、ニーナは当たり前のように私の後ろに立って髪を梳かし始めた。


「それにしても、お嬢様の御髪は綺麗ですね」

「そ、そう?」

「はい。 日の光も相俟って、何だか幻想的なくらい輝いて見えます」

「そ、それは良いすぎではないかしら……」


 初めて言われた。

 いつだって、綺麗な髪をお洒落に結いていたレイラの方がずっと目立っていたから。


(……お世辞でも嬉しい)


「リディア様、今日はどんな髪型になさいますか?」

「え、髪型まで決められるの?」


 私がそう尋ねれば、ニーナも驚いたように目を見開く。


「お嬢様から御提案されるのが普通なのではないのですか?」

「そ、そうなのかしら……」


(私の髪は自分で結わくか侍女が勝手に決めてくれるかのどちらかだったけど……)


 私は少し考えてみたが、やはり自分では髪型なんてものは分からず、ニーナに苦笑混じりに言った。


「ごめんなさい。 私そういうのには疎いから今度から勉強しておくわね。 今日はニーナのお勧めでお願いするわ」

「良いのですか!?」

「え、えぇ」

「お嬢様の綺麗な御髪をアレンジするの、密かに楽しみにしていたんです!」

「そ、そうだったの!? ……ふふ、嬉しいわ。 お願いします」


 ニーナは私の言葉に目を見開いた後、やがて「お任せください」と返事をしてくれたのだった。



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