初めての友人
「ねえ、ニーナ」
「何ですか? お嬢様」
「……皆の視線、どうにかならないものかしら」
私はそう少し後ろを歩くニーナに問えば、彼女は「それは無理ですね」と口を開いた。
「お嬢様はとっても素敵ですから!!」
「ニ、ニーナ! 声が大きいわ……」
「わざとです」
ニーナの言葉に、私は苦笑いを浮かべた。
(落ち着かないわ)
ただ歩いているだけなのに、こんなに好奇な目に晒されるとは思わず、私は前だけを向き歩く。
ニーナに身支度を整えてもらい、朝食を済ませると、ニーナにこの屋敷の中を案内しますと言われたのだ。
それも、イヴァン様の命令だと聞いて私はげんなりしたが、ニーナの押しと私自身もこの建物の中を見たいという興味に引かれ、勇気を出して部屋を出てみたのだが。
(うぅ、視線が痛い……)
屋敷中の侍従達の前を通る度、刺すような視線を感じる。
これもまた、悪女のお出ましだという意味の視線だろう。
(その上、昨日はこの地の領主の息子に手を挙げるという失態まで冒しているんだもの、そりゃあ悪女呼ばわりされるわ……)
なんて考えていると、ニーナが「それにしても」と口を開いた。
「昨日のあのお化粧やら御髪やらはどなたに整えてもらったんです?」
「あぁ、あれは……。 言いにくいけれど、レイラの専属の侍女達にやってもらったの。 出来るだけレイラに似させると言う意味でね」
「あぁ、どうりで。 酷いもんでしたね」
「……確かに、可愛いレイラにしか似合わないお洒落なのかも」
(そ、そんなに似合っていなかったのかしら……。 それはそうよね、レイラの素材の良さにかなうわけないもの)
ニーナの言葉に落ち込んでいると、慌てたように口を開いた。
「ち、違いますよお嬢様! 私が言っているのはお嬢様にはお嬢様に似合うおしゃれの仕方がもっと他にあると言っているのです!
……レイラ様がどんな方だかは知りませんが、私達侍女は普通、お嬢様方や御坊ちゃま方に一番似合うお化粧や御髪を心得ているのですよ。
それなのに、昨日のは幾らレイラ様に似させているとは言っても、まるでわざとお嬢様には似合わないお化粧を施されていたので腹が立ったのです」
「! ……その通りだと思うわ」
「え?」
(ニーナの言う通り、レイラの専属の侍女達は私のことを目の敵にしている。 もし本当に昨日のおしゃれが酷かったというのであれば、それは私に対する嫌がらせ行為だわ……)
「……そうね、私がもっとお洒落に気を配っていれば良かったのかもしれないわ。
ニーナにだけ教えるけれど私、結婚願望なんてこれっぽっちもないの」
「え……?」
「レイラの代わりに来て何言っているんだって話よね。 でも本当のことなの」
私は何処までも広がる青空を見上げ、言葉を続ける。
「私の願いはね、妹のレイラが幸せになること。
だからここにも、レイラの願いで訪れた。
……まさか、そのお相手が私が助けた方だとは思わなかったけど」
「……御坊ちゃまがお倒れになった際、何処にいらっしゃったのかご存知なんですか?」
「えぇ、勿論。 彼は、私の屋敷周辺にある森の中にいたわ。 幸いそのすぐ近くに幼い頃レイラが願って建ててもらった小さな小屋があって、その小屋に運んでお父様達には内緒で看病していたの」
「そう、だったんですか……」
私は小さく頷くと、「でも」と曖昧に笑った。
「彼、当たり前だけれど何も覚えていないみたいで。 “悪女”の私の言葉は信じてはもらえなかった」
「そんな……! 私が御坊ちゃまにもう一度よく考えるよう話してみます!」
「ニーナ、それはやめて。 ……もう出来ればこのことで彼と話したくないの」
「お嬢様……」
「ふふ、話しすぎたわね。 ニーナが良く聞いてくれるから、つい。
でも、此処に来れてよかったと思うことはあるわ」
私はそう言うと、ニーナの方を向いて微笑んだ。
「それは、ニーナに出会えたこと」
「!」
「私、実は久しぶりなの。 同じ世代でレイラ以外と話すことが」
「それは、どうして」
「夜会には訳あって……、いや、多分着替えの際に見たと思うけれど、私の腕には一生消えない傷がある。 自業自得で出来た傷だけれど、その傷もあるし、元々夜会はあまり得意ではないから長らく訪れていないわ」
「……存じ上げませんでした」
ニーナの言葉に、私は慌てて首を横に振る。
「違うのよ、そんな悲壮感漂う話ではないのだから。
私が言いたいのはそこではなくて。
出来れば、此処にいるだけの間だけでも、私の我儘を一つ聞いてほしくて」
「我儘、ですか」
「えぇ」
私はそう言うと、スッと彼女に向かって手を差し出した。
え、と驚き目を見開く彼女に向かって、私は笑みを浮かべて言った。
「私と、お友達になってくれないかしら?」
「……えぇっ!? そ、そんな! お嬢様と私がですか!? 恐れ多いです、私が、リディア様のご友人だなんて……っ」
「駄目かしら?」
「い、いいえ! お嬢様のお望みとあらば!! というより私だって!!
お友達なんて初めてで……、その。 良いのですか?」
「あら、ニーナも? ふふ、お揃いね」
「! ……お嬢様」
ニーナは嬉しそうな表情を浮かべると、「失礼致します」と言って私の手を遠慮がちに握ってくれる。
私はそれが嬉しくなって、彼女の手を両手で包み込み言った。
「これから宜しくね、ニーナ」
「っ、はい、リディア様! 宜しくお願い致します!」
「……ふふ、これではあまり関係が変わらないわね」
「そ、そうですね……、どういたしましょう」
「どうしましょうか」
そう真面目に考えてしまう私達は顔を見合わせ、声に出して笑ったのだった。
それからもニーナとお邸ををゆっくり見て周り、改めて邸の中が広く、所々に飾られている素敵な調度品に目を奪われていると。
「こ、こんな所に……!」
「あ、ユーグさん」
私がそう口を開けば、ユーグさんは少し怒ったような表情で近付いてきてニーナさんに向かって怒る。
「もうすぐ旦那様がお帰りになられるというのに貴女は何をしていたんです!」
「も、もうそんな時間ですか!? 大変失礼致しました……!」
「だ、旦那様ってもしかして」
私の言葉に、ユーグさんが「向かいながら説明します!」と余程慌てているのか、私の腕を掴み走り出す。
(っ、は、速い……!)
ドレスが長くつんのめりそうになりながらも何とかユーグさんについていけば、彼は口を開いた。
「本日旦那様……、御当主様が一ヶ月ぶりに御帰宅されるのです!」
「い、一ヶ月ぶり? 辺境伯様はどちらに行ってらっしゃったの?」
「何でも新兵器が開発されたらしく、その武器の視察で他国へ向かわれていたそうです」
「へ、兵器……」
スケールの違う話に、私はそれ以上その話には突っ込まずに続ける。
「で、では私は、その辺境伯様に御挨拶をしに行かなければならない、と?」
「はい、左様で御座います」
「っ、無理無理無理!!」
私はその言葉に思わず立ち止まった。
(だって私はレイラではないのよ!? 辺境伯様は私のことをきっとレイラだと思っているに違いないわ!)
「ご安心下さい、辺境伯様はイヴァン様に婚約者様がいることをご存知ありませんから」
「そ、それは尚のこと不安でしかないわ!!」
私が思わずそう突っ込めば。
「何を大きな声を出してる」
「!」
その低い声音にハッとして振り返れば、そこには他でもないイヴァン様の姿があって。 私は昨日のこともあり苛立ちを隠さずに彼の目の前までツカツカと歩み寄って言った。
「そりゃあ大きな声を出すってものだわ! どうして私には何の説明もなしに辺境伯様に御挨拶だなんて、一体どうしろと!?」
ねえ聞いているの!? と私を見つめたまま何も言わないイヴァン様に向かってずいっと身を乗り出せば、彼はようやくハッとしたようにこほんと咳払いして言った。
「父上には婚約者がいることは一言も言っていない。 手紙を出す暇がなかったからな。
だから今日、俺の命の恩人であり、婚約者であることを説明することにした」
「は!? 私のことを恩人だと信じてないくせに嘘をつくと言うの!? 信じられない」
何て勝手な人、と呟けば、彼はムッとしたように私の腕を乱暴に引いて歩き出す。
「取り敢えず話は後だ。 もうすぐ父上がお帰りになるからな」
「……本当に、酷い」
(こういう時、レイラならどうするのだろう)
レイラなら、一発で相手方の御両親の心を掴むのは間違いない。
……そもそも、レイラならこんな状況にはならない。
(やっぱり、レイラの代わりになんてなれないわ)
最後は結局その結論に至った私は、ぐっと唇を噛み締めたのだった。
ヒーローの出番が少ないですが、これからはガッツリ出ますのでお楽しみにしていて下さい…!




