悪戯な運命
さて、どうしたものか。
レイラ……に似つかずとも彼女に出来る限り容姿を寄せ、身支度も整えてもらった私は、馬車の中で幾度目かのため息をつく。
勿論、この馬車が向かっている先はあの辺境の地・ノワールだ。
(多分、すぐにバレるわ。 私がレイラでないことくらい)
それならいっそのこと、先に私の素性を明かしてしまおうか。
そうすれば、許してくれるのではないか。
「い、いやだめだわ! そうしたら、あちら側はレイラを何が何でも探し出そうとするだろうし、その後で私も家族もどんな目に遭うか分かったものじゃないわ!」
そう結論づけ、またはぁーっと息をついた。
(駄目だ、私の空っぽな頭では良い策なんて思い浮かばない……)
視界の端で金色の髪が揺れる。
(第一、私ではレイラの代わりになんてなれるわけがない)
自分で言っていて悲しくなる。
卑屈になりすぎなんてレイラには言われたけれど、卑屈にならざるを得ない。
(私には、傷だってあるのに)
ギュッと、ワンピースの長袖に隠れている腕の傷を掴む。
(約束は一ヶ月後……、一体どうなってしまうのかしら)
そんなことを考えている間に、不意に馬車が揺れる。
慌てて窓枠を掴めば、道が少し凸凹になっているらしい。
どうやら、辺境伯の地に馬車が踏み入れたようだ。
(イヴァン・ノワール様……、どんな方なのだろう)
夜会に行ったことすらない私には、数少ない噂……、それも全て悪い噂しか彼のことを知らない。
今すぐにでも逃げ出したい衝動に襲われるが、グッと堪える。
(一ヶ月、一ヶ月の辛抱よ。 そうすれば、レイラは必ずきてくれるわ)
そう何度も震える心を叱咤し、努力で培ってきた淑女教育を念入りに再確認しながら、自分の気持ちを落ち着かせるよう試みたのだった。
ノワールの地は、噂で聞いて予想していたよりずっと素敵な場所だった。
岩肌ばかりの寒々しい地を予想していたがそんなことはなく、木々は生い茂り自然は豊かで、所々に生えている花々や見たことのない動物達に心を躍らせた。
(え、まるで前世の本で見ていた童話の世界みたい!)
いつの間にか淑女教育は眼中になく、景色にばかり夢中になっている間にやがて馬車は止まる。
そして、扉が開いた先に広がっていた光景に、またもや感嘆の声を漏らす。
「っ、うわぁ……」
それは、今迄見たどんな光景よりも圧巻だった。
石を何重にも積み重ねた高い塀に囲まれ、頑丈そうな造りなのに何処か趣を感じる、これぞ由緒正しき建物というのだろうか。
(素敵……!)
思わず見惚れていた私に対し、一人の背の高い男性に声をかけられる。
「貴女様がレイラ・ラングレー様ですね。
お待ちしておりました」
(っ、いけない、そうだ私はレイラなのよね)
私は軽く身だしなみを整えると、出来るだけ綺麗に淑女の礼をした。
「初めまして、ラングレー伯爵家の次女、レイラと申します。 本日からお世話になります」
その言葉にその男性は少し驚いたような表情をした後、それは一瞬の出来事で、ニコリと笑みを浮かべると「旦那様がお待ちです」と言ってくれる。
どうやら、彼がイヴァン様の所まで案内してくれるようだ。
(うぅ、緊張する……)
あまりの緊張に胃が痛くなってきたが、そんなことはお首にも出さず、「はい」と完璧な笑みを浮かべてその人の後をついて行く。
重厚な扉を潜り抜けば、そこはまあまた素敵な玄関だった。
これでもかと大きいシャンデリアに赤い絨毯。
先の見えないような長い廊下……、全てに圧倒される。
(……私の家の何倍だろう)
勿論、そんなことはお首にも出さないが、出来ればゆっくりと見てまわりたいほどに豪華な建物だなと感心している間に、案内をしてくれていた人物は立ち止まった。
「イヴァン様、お嫁様がお見えです」
「!」
(よ、嫁……!)
分かっていたことのはずなのに、そう直接呼ばれるとは思わなくて思わず固まってしまう。
そんな私をよそに、「さあ」と私の背中を軽く押してガチャリと開かれた扉の中へと通される。
そして、俯き加減だった顔を上げ、その先にいた男性と視線が交わった時、私は思わずハッと口を押さえた。
(う、嘘……)
「……レイラ様?」
そう隣で案内をしてくれた方に声をかけられるが、私は視界に飛び込んできた姿に釘付けになり、その姿が衝撃のあまり言葉を返すことが出来ない。
……だって、そこにいたのは。
「……本当に、生きていた」
そんな私の呟きに、「え?」と案内をしてくれた方が再度戸惑ったような声を漏らす。
記憶で長かった白銀の髪は肩までに切り揃えられており、同じく切り揃えられた前髪から覗くのは、あの日見た時よりずっと生き生きとしていた金色の瞳で。
そして、その瞳は真っ直ぐと私を捉えていた。
そう、そこにいたのは何と、半年前私が助けた男性、その人の姿だったのだ。
「……」
その男性は、何も言わなかった。
ただ、急に立ち上がったかと思えば、ツカツカと靴を鳴らし、私の元に歩み寄ってくる。
「……っ」
それだけで、息が詰まりそうになった。
どうしてだか、鼓動も速くなる。
味わったことのない感覚にふらっとよろめいたその時、それを許さないとばかりに無遠慮にガシッと腕を掴まれた。
「いっ……!?」
「だ、旦那様!?」
私は手加減のない痛さに悲鳴をあげかけるが、慌てたような従者の方の言葉のお陰で何とか飲み込む。
そして、一気に近付いた距離に状況が飲み込めない私をよそに、彼は想像よりもずっと低い声で言い放った。
「……お前は誰だ?」
「っ……」
その氷点下を下回るような声に、今度は背筋が凍る。
(も、もしかして、もしかしなくても……、バレているんじゃ)
そんなことを考えた矢先、彼は今度は私の顎に手をやりぐいっと上を向かされる。
「!?!?」
これ以上ないほど近い彼の瞳に、私の心臓はせわしなく動き続ける。
しかも、タイミングの悪いことにその光景が口移し……、もといあの日口付けをした光景と重なって。
今にも泣きそうになっていると、目の前にいる彼は鼻で笑った。
「何だ、私を目の前にして怖気付いているのか。
偽物の婚約者殿」
「!!」
(っ、やっぱりバレてたー!!)
どうしようどうしようどうしよう!!
あまりの近さに冷静な思考になれるはずもなくパニックを起こす私だったが、その距離は離れるどころかまた近付いて。
「!!」
鼻先がくっつきそうなほど食いいられるように見つめられ、私は距離を保とうとするがびくともしない。
息が触れる距離感で、彼は……、イヴァン様は口を開いた。
「バレないとでも思ったのか、愚かだ。
余程死にたいと見える」
「!?」
(この人、目が本気だ……!)
しかも後ろ手にカチャッと、サーベルの柄に手をかける音がして。
「っ、わ、私は、貴方様の言う通り、レイラでは、ありません」
「……ほぅ?」
彼の金の瞳が眇められる。 怖さやらドキドキやらで震える声を隠すように、なるべく大きい声で口にする。
「私は、レイラの姉・リディアと申します」
その言葉に、周囲にいた数人の侍従達にどよめきが走る。
(……これは多分、本人でないことの驚きより、噂の悪女が来たと言うことに対してよね)
ツキリと胸が痛むものの、彼から目を離すことはなく答える。
「私は、妹の代わりに此処へ来ました。
……貴方に、妹とは今すぐには会わせてあげられないと、伝えるために」
「何だと!?」
「!」
刹那、首元に冷たく鋭い物が突きつけられる。
それは、彼は鞘から剣を抜き私の首元に当てたのだということに気がつくのに時間はいらなかった。
それによって、私の頭の中で警鐘が鳴り響く。
「……どういうことだ」
この人の目を欺こうとしたのが、運の尽きだった。
「説明しなければ、此方への侮辱行為ととるが」
(……こういってはいけないかもしれないけれど、)
私、あの日とんでもない人を助けてしまったのかもしれない……!!




