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大胆な作戦

 それは半年後、レイラの18歳の誕生日を迎えた日のことだった。


「誕生日おめでとう、レイラ」

「お姉様、ありがとう!」


 レイラにお誕生日プレゼントである髪飾りの入った箱を差し出しながら、笑みを浮かべる。

 開けても良いか問われ頷けば、彼女は丁寧にラッピングを外していく。


(……レイラももう18歳か)


 18歳を迎えると、この国では婚約者を決めて結婚する方々が多くなる。 殆どは、男性から家の方に直々に申し込まれることが殆どだ。


(レイラにはきっと、沢山縁談話が舞い込んでくるはずね)


 彼女は変わらず人気が高い。

 侍従達が言うには、レイラの人気はそれはもう凄いそうだ。

 そして私も、相変わらずそういった出会いの場である夜会には参加していなかった。

 理由は、あの腕の傷が一生消えないものになってしまったから。

 そんな傷がある女性なんて、誰も相手にはしない。 ましてや、流行りのドレスは全て腕が出るデザインのものばかりだから、腕の傷を隠すようなデザインを一人着て、私だけが悪目立ちするような状況は避けたかった。


(レイラは……、どなたと結婚するのかしら)


 自分の結婚より、レイラが幸せになってくれる結婚相手が見つかればそれで良い。

 前世の分まで、妹が幸せになれる道を願い、出来ることは何でもしてあげよう。

 その気持ちは変わっていなかった。

 そんなことを考えていたら、いつの間にかレイラは私の贈った髪飾りを早速付けてくれていたらしい。


「どう!?」


 と目をキラキラとさせて笑う彼女に向かって、私は笑みを浮かべる。


「えぇ、とっても素敵よ。 よく似合っているわ」


 淡いピンクの真珠で縁取られ、中央には薔薇の形に彫られた銀の髪飾りは、彼女の金色の髪によく映える。


(私では、そんなに可愛いものは似合わないけれど)


 レイラだから似合うのだと改めてそう思っていれば、不意にコンコンとドアがノックされる。


「どなたかしら?」


 そう首を傾げ、レイラがどうぞと返事をすれば、それはお父様の従者の方だった。


「レイラお嬢様、至急お父様の元へ来て頂けますか」

「え、えぇ……」


 突然のことに戸惑い、私の方に目を向けた彼女は不安げな顔をする。 私は「待っているから、行っておいで」と優しい声音で言うと、レイラはようやく頷き部屋を後にした。


(お父様からの呼び出し、しかも至急ということは、もしかしたら身分が高い方からの求婚かもしれないわ)


 今日が誕生日だということにこだわって、わざわざ求婚を申し出てくる家も少なくない。 きっと、私の読みは当たっているだろう。


(……結婚、ね)


 私には縁遠いことだわ、と息を吐き、落ち着くためにカップに入った紅茶に口をつけたが、その紅茶は既にぬるくなってしまっていた。





 それから暫くして、ようやくレイラが帰ってきた。

 何処か悲しげな表情をするレイラを見て、私は尋ねて良いものなのかをあぐねていると、彼女の方から口火を切った。


「……私、政略結婚が決まったのだって」

「え、もう!? どうして? 貴女の意見は」

「私達からではとても断れないような相手、なの」

「ど、どなたからの求婚なの?」


 レイラの傷心した顔に嫌な予感がしてそう尋ねれば、見たことがないほど静かな声で告げた。


「……イヴァン・ノワール様から」

「ノ、ノワールって、あの辺境伯家の!?」

「えぇ」


 レイラの言葉に私は頭がクラッとする。


(どうりで、その表情なのも頷けるわ……)


 ノワール辺境伯家は、この国の辺境の広大な地を治める、由緒正しい家柄だ。

 その地一帯は険しい山々に囲まれており、ここからは大分離れた場所にある。

 しかも、ノワール辺境伯は気難しい方の上、自ら先陣を切って戦場を駆けるような方であると聞く。


(確かイヴァン様は、そのノワール辺境伯の一人息子で、彼も同様に容赦のない人殺しをすると聞いているわ……)


 でもどうして、そんな方がレイラに求婚を?

 確かにレイラは人気も評判も高いけれど……。


「っ、お姉様! 私、私は嫁ぎたくありません……!」

「!」


 レイラはそう言ってわんわん泣き出す。

 幸い、侍従達は部屋の中にはいなかったから良いものの、彼女がこんなに取り乱しているところは初めて見た。


(レイラがこんなに自分の気持ちをあらわにしたところは見たことがないわ)


「……夜会でイヴァン様のお姿を拝見したことはあるの?」


 私の言葉にレイラは黙って首を横に振った。

 尚更私は疑問で埋め尽くされるが、泣いている彼女の姿を見て思う。


(流石の私でも、相手が相手だからこの婚約を反故にさせようとすることは出来ない。

 でも、だからといってこんなに嫌がる妹を送り出すなんて出来るの?)


 そんなことをぐるぐる考えている間に、彼女は「あのね」と口を開いた。


「私、以前、お慕いしている方がいたでしょう?」

「れ、例の?」


 レイラはコクンと頷くと、言葉を続けた。


「私、その方にお別れすら言えないかもしれないの。

 辺境伯家に嫁ぐことになるのは、一週間後だから」

「は!? い、一週間!?」


 結婚をするというのに急すぎやしないだろうか。

 空いた口が塞がらない。


(はぁー、全く呆れ返るわ。 女性の支度を何だと思っているの!)


 ますますレイラをそんな方の元に嫁がせることに不安が募る。

 その上、彼女もなかなか泣き止まない……と思いきや、彼女は急にガバッと顔を上げた。

 え、と驚いていれば、彼女は「そうだわ!」と突然私の肩をガシッと掴む。

 そして、とんでもない発言をした。


「お姉様、お願い。 私に一ヶ月だけ時間を頂戴!」

「!? い、一ヶ月?」


 突然何を言い出すんだ、と私は目を白黒とさせて言えば、彼女はキラキラとした瞳で語りだす。


「そう、一ヶ月だけで良いの! お姉様が私の代わりに、辺境伯の元に嫁いでくれないかしら!?」

「……は!? しょ、正気!?」


 驚きすぎて私の口からは素っ頓狂な声が飛び出るが、レイラは気にせずにコリと笑うと口にした。


「えぇ。 ほら、私とお姉様って違うのは瞳の色だけでしょう?

 背格好だって顔だってそっくりだし、バレないと思うの!」

「れ、レイラと私が!? そんなわけないじゃない!」


 レイラの方がずっと綺麗よ!と声をあげる私に、レイラは怒ったように言う。


「何言ってるの! お姉様は昔から卑屈になりすぎなだけ! 私よりお姉様な方がずっと素敵だわ!! ほら、見て! 違うのは瞳の色だけ!」

「!」


 レイラにぐいっと引っ張られ、顔を向けた先には鏡がある。

 二人並んで鏡を見れば、確かに容姿は何とく似ているような気もする。 ……断然、私の目にはレイラの方が可愛く映るが。

 レイラは「ね?」と口にし、ぐりんと私の体を再度レイラに向かせると、彼女はうるうると瞳に涙を溜め、お願いのポーズを取る。


「うっ……」


 このポーズに私は弱い。

 それを知っての行動だろう。


(……一ヶ月……)


 騙し通せる自信なんてない。

 だけど、大好きなレイラのためだ。

 体を張るなどどうってことない。

 ……いや、でも。


 またぐるぐると考えている間に、レイラは「あぁ、もう!」と苛立ったように言うと、ずいっと身を乗り出して言った。


「少しだけ! 私の代わりになってくれれば良いから! お願いね!!」

「お、お願いねなんて言われても……! 第一、お父様達には何て説明するの?」


 そう言って、レイラにその提案を暗に断らせようとしたのだが、レイラは「それはこれから考えるの!」と言って聞いてはくれなかった。

 そしてきっかり一週間後、レイラの作戦はそれはもう大胆なものだった。


「なっ……」


 お父様はその手紙を手に顔面蒼白になる。


(……あーあ、まさかこんなことになるなんてね)


 私も全力で頭を抱えたかった。

 そう、レイラの考えた作戦。

 それは、メモ一枚という何ともふざけた作戦だった。

 そのメモにはたった一言、こう書かれていた。

 “私のことは探さないで下さい”と。


「……お、お父様」


 もう諦めましょう、そう言いかけた私に対し、お父様はガシッと私の肩を掴んだ。


(う、うわ、デジャヴ……)


 そんな嫌な予感は的中する。


「リディア、お願いだ! お前しかいない!!

 レイラの代わりにノワールへ行ってくれないか!!」


(え、えーーーーー!?)



 私の心からの叫びを何とかグッと堪える。

 そして、代わりに引き攣っているであろう笑みを浮かべ、何とか「はい」と返事をしたが、先が思いやられると遠い目をしたのだった。





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