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看病の行く末

 倒れていた彼を救出してから一週間、連日連夜の看病、それから気温差も相まって、私の体にはついに限界が訪れた。


「お姉様! 駄目!!」

「で、でも……」

「だってお姉様、こんなに熱があるもの!」


 そう言って、レイラは私の額に手の平をつけ、「また上がってるわ」と心配げにに言った。


「お姉様、今日は絶対安静!だからね」

「で、でも。 私が行かなかったら、あの人の看病はどうすれば」

「私が行ってくるわ。 お姉様よりずっと看病なんて出来ないかもしれないけれど、でも、こんな状態のお姉様を行かせるわけにはいかないもの」

「レイラ……」


 彼女の必死な様子に、私もついに心が折れる。


「……分かったわ、レイラ。 なら、安静にしている代わりにひとつだけ、我儘を聞いてくれるかしら?」


 そう言って彼女にあることを頼むと、レイラは戸惑いながらもそっと頷き、私の頼んだ物を持ってきてくれる。

 その頼みとは、林檎とナイフだった。


「お姉様自ら林檎を切るなんて」

「あら、駄目かしら?」

「いいえ、まさか。 私には出来ないことだから、改めて凄いなって」


 そうレイラがしみじみというものだから、私は思わず笑ってしまう。


「ふふ、じゃあ見ててね」


 そういうと、彼女の目の前で林檎を切り始めた。


「……っ、わぁ、可愛い!」


 レイラが手を叩き喜んだのを見て、私は思わず顔が綻ぶ。


(ふふ、前世の妹と同じ表情をしている)


「ねえねえお姉様、これってうさぎの耳よね!?」

「えぇ、その通りよ」


 レイラの言葉に、私は笑って頷いた。

 そう、私が作ったのは林檎のうさぎだった。

 前世で私が得意だった林檎の皮の剥き方だ。


「凄いわ! こんなの見たことがない! 何処でこんな技覚えたの!?」

「ふふっ、技って」


(そっか、此処には林檎をこういうふうに切る切り方なんてないものね)


 前世ではポピュラーだったけれど、なんて思いながら、笑って誤魔化してレイラに渡せば、喜んでその林檎を食べた。

 私はそれを微笑ましく見てからまた手元に視線を落とし、次の林檎に手を伸ばす。


「今日私が行けない代わりにこれを持っていってほしいの」

「もうあの方は食べられるの?」

「いいえ、まだ一回も目を覚ましていないから、食べられないとは思うわ」


(それでも、もし彼が目を覚ました時に何かしら口に入れられるものがあれば良いと思ったから)


 それに、私がいなければ水を飲ませることは出来ないし……。


「……お姉様?」

「な、何でもないわ」


 私はそう言って彼女に向かって再度、「よろしくね」と頼むと、いよいよ熱が上がってきたのか、意識が朦朧とし、そのまま眠りに落ちてしまったのだった。




 私が目を覚ましたのは、それから更に三日後のことだった。

 意識がまだぼんやりとしている中で、レイラが「気がついた!」と嬉しそうに声をあげる。


「……っ、あの人は」


 ハッとしてそう尋ねれば、レイラは「それが」と暗い表情で言った。


「お姉様が寝込んだその日の夜、小屋を訪れたらいなくなっていたの」

「いなくなっていた……?」

「で、でも、その代わりにね、これが机の上に置いてあって」


 そう言ってレイラに恐る恐る差し出されたその紙には、走り書きのような字で、“ありがとう。この御恩は、必ず”と書いてあった。


「……名前も書かれていないのね」


 私の呟きに対し、レイラは「で、でも!」と何故か慌てたように言った。


「お姉様が切ってくれた林檎をお昼に置いておいたのだけど、お皿には何も残っていなかったから、食べて行ったみたい!」

「……そう」


 レイラの言葉に私はほっとした。


(良かった、無事に元気になったのね)


「でも酷いと思うわ。 お姉様がこんなに献身的に看病してくださったのに、顔も見せずにメモ書きひとつだけだなんてっ」

「ま、まあまあレイラ、人にはそれぞれ事情があるんだと思うわ」


(……それに、あの方は少々訳ありのようだったし)


 明らかに人為的な切り傷の数は、恐らく彼が誰かと剣を交えていた証拠だろう。

 私達が首を出すべきことではないのかもしれない。


(だけど)


 私はもう一度、メモ書きに視線を落とす。


(それでも……、どうしてこれだけで、こんなにも嬉しい気持ちになるのかしら)


「……ふふ、お姉様も私と一緒ね」

「え?」


 彼女の言葉に首を傾げれば、レイラはずいっと身を乗り出し、口にした。


「お姉様も恋に落ちたのよ、その方に」

「……は!?」

「ふふ、私には分かるわ」


 そう言ってレイラは、ニヤニヤとした笑いを浮かべる。 私は反論しようとしたものの、それより先にレイラが口を開いた。


「まあ、あんなに綺麗な顔立ちの方はなかなかいないもの、お姉様が恋に落ちる気持ちも分かるわ。

 ……それに私、何処かであの方のことをお見受けしたことがあるのよねえ」

「えっ……」


 レイラの発言に驚き目を見開けば、彼女は「ほら、やっぱり気になってる」と笑みを浮かべ口にした。


「一応、私の方でもその方について調べてみるわ。

 見たことがあると言うことは、もしかしたら夜会に来ていると言う可能性もあるし」

「や、夜会に……」


 出来れば、私も行って誰だが確かめてみたい気もするが、私には前にも言った通り、腕に残ってしまった傷跡がその気持ちを阻む。


(この歳で腕を隠すドレスなんて着ないし……、ここはレイラの情報力に任せるしかないわね)


「……一応心配だから、レイラ、お願いするわ」

「ふふ、はーい、任せて!」


 彼女はそう言うと、ふわりと髪を揺らして笑ったのだった。


 “ありがとう。この御恩は、必ず”

 その言葉が書かれたメモを見るたび、私は温かな気持ちになった。

 レイラが探してくれると言っていたけれど、もし一生会えなくても、一人の人の命を救えたことに間違いはない。

 もし自分に自信が持てなくなったら、このメモを見るようにしよう。

 そう心に決め、あの一週間の出来事を心の内に仕舞い込んだ私達の元にまさか、あんなことが起きるだなんて……。


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