姉妹
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そこからは夢中だった。
見つからないよう見張りの目を潜り抜け、ただひたすら走った。
(っ、一人に、してきてしまったけれど……っ)
もし息をしていなかったらどうしよう。
そう考えるだけでゾッとした。
息が苦しいが、私のことなどどうでも良い。
(お願い、無事でいて……っ)
森の中を入ってすぐ、小屋が見えた。
その小屋に向かって一直線に走り寄り、呼吸を整える。
(お、落ち着いて私、落ち着くのよ)
スーッと息を吸い、そっとドアノブを回せば、キィッと扉の軋む音が夜闇にこだまする。
起こさないようにと足音を忍ばせながら、小屋に常備してある蝋燭に火打ち石で火をつける。
そして、燭台ごとそーっと彼の顔を照らせば、昼間より何処か苦しげに眉を寄せているのが目に飛び込んできた。
「っ、大変……!」
彼に触れてみれば、体が芯から冷え切っているのが分かり、慌てて自ら羽織ってきた上着をかける。
それから小屋の裏手に回ると、積み上がっている薪の中で乾いている木を選び、小屋の中に持ち帰って暖炉に火を焚べた。
「……これで、少しは温まると良いのだけど……」
昼夜の気温差を甘く見ていた。
普段は屋敷の中にいるからか、気温の変化に気が付いていなかった。
(夜は出来るだけ、ここにいるべきだわ)
万が一のために、常に暖炉のそばで火の番をにしなければ危ない。
そして明日からは、出来るだけ多く毛布を持ってこよう。
(後は彼の生命力を祈るのみだわ)
こうしてみると、前世の自分を思い出す。
寒々しいほどの無機質な部屋の中で、一人ベッドに横になっていたこと。
寂しくて、辛くて、心細くて。
(……彼は今、何の夢を見ているんだろう)
辛い夢でないと良いな。
それで、早く良くなって欲しい。
「っ、流石に少し寒いな……」
暖炉を焚べているとはいえ、やはり冷える。
身震いしながら暖炉の側により、眠っている彼の顔をしばらく見つめていたのだった。
それから私は、毎日彼の世話をしに来た。
勿論、侍従達には内緒で。
日中は正午あたり、そして夜はずっと彼の側にいる。
彼は本当に生きているのかと何度も確かめたくなるほど目を覚ますことはなく、静かに眠っていた。
苦しげには見えないから、少しずつ回復してきているとは思うが、何せ水を飲ませるのにはやはり……、口移ししかないわけで。
心の中で謝りながら、はやる鼓動には人命救助、と言い訳をしてそれを一日に数度繰り返す。
そして彼を助けてから5日ほど経ったある日のこと。
「お、お姉様?」
「!」
ついに、私が夜出かけていこうとしたのが見つかってしまう。
まだ不幸中の幸いだったのが、レイラだった。
「レ、レイラ! しーっ」
「あ、ごめんなさい……って、そうではなくて! 毎晩、何処へ行かれているのですか?」
「……ば、バレてたの?」
私の言葉に、レイラは小さく頷く。
「だってお姉様……、こんなに隈が出来ているんだもの」
「!」
レイラの指が、そっと私の目元をなぞる。
私はあははと苦笑いを浮かべ、口を開いた。
「見つかってしまったものは仕方ないわね。
……ねえレイラ、私も貴女と秘密を共有しても良いかしら?」
「秘密?」
レイラの戸惑ったような表情に私は静かに笑みを浮かべ、「ついてきて」と言うと、そっと木を伝い降りる。
(あ……、私と違ってお利口なレイラにはきついかな)
と思い上を見上げれば、それは気丈だったようで、彼女もまた慣れたようにするすると木を伝って降りてくる。
「ふふ、流石ね」
その言葉に、レイラは悪戯っぽく笑みを浮かべ、「お姉様こそ」と返される。
私は彼女の手を取ると、「行くわよ」と言い、彼女が頷いたのを見計らって暗い夜道を駆け出した。
今日も無事に衛兵に捕まることなく小屋にたどり着いた私達は、そっとその扉を開けた。
その様子に、レイラは戸惑ったように言う。
「え、お姉様、どうしてここへ?」
「しーっ、今眠っているから」
「え? ……っ!」
私がそう言って蝋燭の灯りでそっと部屋の中を照らし出せば、レイラは驚きベッドに横たわる人物を見て目を見開く。
「お、お姉様、この方は」
「この小屋のすぐ近くで倒れていたの。
少しずつ傷も良くなってきたけれど、見つけた当初は高熱続きで、それからずっと目を覚まさないのよ」
「……っ」
レイラは驚きを隠せないのか、瞠目し固まってしまう。
その間に、テキパキと暖炉の火を焚べ、レイラに椅子に座るよう促した。
「いつから、ここに?」
レイラの問いかけに、私はすぐに答えた。
「5日前からいるわ。 一度だけ目を覚ましたのだけど、それからはずっとこのまま。
生きているのか疑ってしまうほど、穏やかに眠っているのよ」
「……この傷の手当ても、お姉様が?」
「えぇ」
私は「今日も取り替える予定だったのよ」と包帯や塗り薬を見せて彼女に言う。
レイラは「そう」と言った後、何故か黙ってしまった。
(どうしたのかしら)
不思議に思ったが、やることをやらなくてはとせっせと傷の手当てをしていると、レイラが口を開いた。
「……やっぱり、お姉様は凄いわ」
「え?」
レイラはそう言ってにこやかに笑った。
「お姉様はいつも、私が風邪の時もこうしてお世話をしてくれたもの」
「そ、それは……」
無意識に、前世の自分を思い出していたからかもしれない。
(病気で横になっているときの心細さが、一番分かるから)
「だ、だってほら、私にはレイラと違って何でも出来ないから、こういうことをする、ことくらいしか出来なくて」
「そんなふうに言わないで!」
「レ、レイラ……!」
「あっ……」
レイラが大きい声を出したことに慌ててしーっと、人差し指を出せば、彼女もハっと口を押さえて彼の方を見る。
幸い、彼は目を覚ますことなく変わらず穏やかに眠っていた。
二人でほっと息を吐けば、レイラは傷の手当てをしていた私の手を握り、口を開いた。
「私、お姉様のことが好きよ。 お姉様は、小さい頃から私の大好きな、唯一無二のお姉様だわ」
「……レイラ」
「私は、お姉様と誰よりも一緒に過ごしてきたから、お姉様が沢山陰で努力していたことも知っている。
こうして、自分より人のために尽くしてくれることも。
……前に、お姉様は私に貴女の幸せを望んでるって言ってくれたよね?
私だって、それは同じよ。
私だって、誰よりもお姉様の幸せを望んでいるのだから」
「!!」
レイラの言葉に、私はハッとする。
(……そんなことを言ってくれるの?)
「っ、レイラ!」
「きゃ!?」
ギュッと、彼女の背中に抱き付けば、彼女は慌てたような声をあげる。
「お、お姉様、泣いているの?」
「っ、泣いてなんかいないわ」
「ふふっ、お姉様は昔から嘘が下手ね」
その言葉に、前世の妹の声と重なる。
(……あぁ私、前にも同じことを言われた気がするわ)
病気で苦しい思いをした日に、妹に八つ当たりをして自分の汚い感情を吐露してしまった。
その時も、妹は何度も自慢のお姉ちゃんだ、大好き、と繰り返し励ましてくれた。
その言葉に、どんなに救われたか。
(そんな大切なことを、忘れていたなんて)
どんなに頑張ったって妹には勝てない。
そんな気持ちでいつも、何かに取り組んでいた。
ずっとずっと、そうやって悪循環を繰り返していた原因は、自分を卑下していた己の心だったんだ。
「……レイラ」
「?」
「私も、大好きよ」
レイラはその言葉に恥ずかしそうに、でも何処までも綺麗な笑みを浮かべてくれたのだった。




