夢のような *レイラ視点
お待たせ致しました。
レイラ視点開始致します。
時系列は夜会前からです。
「……はぁーーー」
私は長いため息を吐いて机に突っ伏した。
「どうしてこんなことに……」
チラリと机の上に置かれた手紙に視線をやる。
それは、クラウス殿下自ら送られてきた夜会への招待状だった。
そこまでは良い。
邸に帰ってきてから会うことが出来ていなかったクラウス殿下にお会いできると思うと、嬉しくて心が弾んだ。
だけど、それは一瞬で萎んだ。
(だって)
クラウス殿下からの手紙にはこう書かれていたのだ。
“当日、私がエスコートすることは出来ない。
そのため、他の男性にエスコートを頼んでほしい”
その文を見た時、私は酷く驚いたと同時に落ち込んだ。
(それはそう、よね。 私が一方的にクラウス殿下をお慕いしているだけで、彼も同じ気持ちとは限らないもの。
そもそも、私とクラウス殿下は婚約者でも何でもない)
私が浮かれすぎてしまっていたのだ。
クラウス殿下と過ごす時間が多かったから、彼との距離も縮まったと感じていた。
(だけど、それは私の勘違いよ)
本来、私とクラウス殿下の距離は遠い。
私は伯爵家の娘で、彼はこの国の王子様。
許嫁でなければ赤の他人同然だもの。
(そうよ、今までのは全て夢だったんだわ)
そう、私が都合よく解釈していた夢なの。
だから、私の心に芽生えた気持ちは、彼には知られてはいけない。
(彼に迷惑をかけないためにも、それが一番良い方法、なのよね)
そう自分に言い聞かせているうちに、頬には幾筋もの涙が静かに伝ったのだった。
結局、夜会でのお相手はお父様にお願いし、私は何もすることなく一人バルコニーの外に立っていた。
(はぁ、私ここで何をやっているんだろう……)
会場の方を見やれば、殿下が他の女性方と談笑しているのが目に留まる。
その姿をどうしてだか見たくなくて、思わず顔を背けた。
(おかしいわ、こんなの。
彼が他の女性と一緒にいるところを見たくないだなんて……、私なんかが思って良いことではないのに)
目を背けても、心の中のモヤモヤは消えてはくれなくて。
(私、やはり帰ろうかしら)
殿下はお忙しそうだし、私も何だか疲れてしまったし……、そう思い少し息を吐いて会場の中へ戻れば、タイミング悪く男性に声をかけられた。
「レイラ嬢、ここにいらっしゃったのですね」
「あ……」
確か、子爵家の方……。
私が話しかけてきた人物が誰かを把握する前に、彼は私に手を差し伸べて言った。
「麗しい御令嬢、どうか私と踊っていただけませんか?」
「……っ」
その言葉に私は思わず息を呑む。
通常、婚約者がいない令嬢は、男性からダンスを申し込まれたらそれに応じなければならない。
私も幾度か踊ったことはある、けれど。
(とてもじゃないけれど、今日はそんな気分ではない……)
私は気が付けば言葉を口にしていた。
「あの……、申し訳ないのですが、今日は体調が優れないため、お暇しようと思うのです。
本当にごめんなさい」
私がそう口にすれば、目の前の男性はハッとしたように声を上げた。
「それは大変だ。 確かに顔色が悪い。
休憩室まで共に行きましょう」
「え、いや、結構です」
「そう言わずに、私に捕まって下さい」
「っ……」
断っているのにもかかわらず、私の手を強引に取る男性に恐怖を覚えたその時。
「そこで何をしているんだい?」
「「!?」」
よく知るその声に、私はハッとして顔を上げた。
そこには、紺青の髪を揺らし同色の瞳を細めて笑みを讃える彼の姿があった。
「ク、クラウス殿下……」
私より先に彼の名を呼んだのは、私の手を掴む男性の方で。
クラウス殿下はクラウス殿下で、私と彼を見ると、笑みをそのままに何処か冷たい声音で口を開いた。
「何をしているのか、と私は尋ねたんだけど?」
「っ! か、彼女が体調が悪いと言っていたので、休憩室まで案内しようと」
「その割には随分強引なエスコートだと思うのだけど……、君は彼に休憩室へ連れて行くよう頼んだのかい?」
そうクラウス殿下が私に向かって尋ねたので、慌てて「いえ」と俯き口にすれば、クラウス殿下は「そう」と口にすると……。
「「!?」」
男性に掴まれていた腕を引き剥がし、私の手を取った。
驚く私達に、彼は目を細めて言った。
「この子は私の大切な子だ。 後は私がエスコートしよう」
「え……!?」
私が思わず驚きの声を上げれば、男性は何故か「ひっ」と短い声をあげ、何処かへ行ってしまった。
その姿を見届けてから、私はハッと顔が熱くなる。
(ま、待って、今、クラウス殿下は何と)
「レイラ嬢」
「!」
クラウス殿下が私の前に突然跪いたのだ。
これには周りもざわつき、視線を感じる。
私は慌てて口を開いた。
「ク、クラウス殿下、一体何を」
「聞いて、レイラ嬢。
先ほど君が他の男と一緒にいるのを見て思った。
やはり、私は君を特別に想っているようだ」
「え……」
「ずっと、君だけを想っていた。
好きだ、レイラ嬢。
私の婚約者になってもらえないだろうか」
「……!」
周りの喧騒が、一気に遠くなる。
そして、心は打ち震えた。
(どういう、こと……? 彼も私と、同じ気持ちでいてくれている、ということ……?)
まだ夢を見ているのではないか。
そうよ、これは都合の良い夢だわ。
そう思う私に、彼は更に追い討ちをかけるように呟いて言った。
「夢じゃないよ、レイラ嬢」
「!?」
する、と彼が私の手を取る。
そして、指先に顔を寄せたかと思ったら、そのまま口付けを落とした。
「〜〜〜!?」
驚く私に、クラウス殿下は柔らかな笑みを浮かべて言った。
「君の気持ちを聞かせて、レイラ嬢」
「っ、わ、私は……」
言葉が震える。
心も震えているのを感じ、掴まれていない方の手をギュッと握って、何とか言葉を紡いだ。
「私で、よろしいのでしょうか?」
「え……?」
そう口にするだけで精一杯だった。
思わず涙を溢す私に、彼は私の手をギュッと握ると、言葉を噛み締めるようにして言った。
「君が良いんだ、レイラ嬢。
君だから、私はこうして婚約を申し込んでいるんだよ」
「っ……! 殿下……」
夢ではないんだ。
ようやくそう思えたものの、まだどこか夢心地のまま、私は何とか頷き応えた。
「私もお慕いしております、クラウス殿下。
こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「!」
その言葉に、周りが一斉にワッと騒つく。
そこでようやく周りに見られていたことに気が付き、顔が熱くなるのが分かったが、それよりも目の前で跪く殿下が今までで一番心からの笑みを浮かべていたことに、私の心臓は大きく高鳴る。
そんな私の手を引くと、彼は立ち上がり私の肩を引き寄せ、高らかに宣言した。
「私の婚約者は、ここにいるレイラ・ラングレー嬢に決めた。
正式な発表はまた後日改めて行う。
……彼女は今日は体調が悪いようだから、ここでお暇するよ。
通してくれるかな」
そうクラウス殿下が爽やかに笑みを浮かべれば、周りにいた方々が道を作るように左右に捌ける。
殿下は私の肩を抱いたまま、「行こうか、レイラ嬢」と口にする。
私は小さく頷くと、彼に連れられて会場を後にしたのだった。




