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幸福 *イヴァン視点

イヴァン視点、最終話です。

 そして、何となく気恥ずかしさから互いに視線を合わせないままでいたが、リディアが思い出したように、俺の身体を心配して何か食べることを提案してきた。

 その言葉に少し考えてから、俺は以前看病してもらった際に食べた、うさぎの形に切られた林檎を思い出す。

 彼女はそれを“うさぎリンゴ”と言い、リンゴとナイフを侍女から持ってきてもらうと、スルスルと慣れた手つきで切り始めた。

 俺はその手元を注視しながら、どこでそんな切り方を覚えたのだと感心混じりに尋ねれば、彼女の手が止まった。


「リディア?」


 俺はどうしたのだろうかと首を傾げれば、彼女はポツリと顔に影を落として呟いた。


「……イヴァンが過去の話をしてくれたから、私もイヴァンには話しても良いかな」

「え?」

「私にも、今まで誰にも言っていないことがあるの。 家族にも……、言ったら変だと思われてしまうと思って、怖くて言えなかった」


 彼女はぐっと拳を握りしめると、俺の方を見ずに意を決したように口を開く。


「私、リディアとして生きるより前の人生……、つまり、前世の記憶があるの」

「! 前世……?」


 彼女は俺の言葉に頷くと、ポツリポツリと自分の気持ちを吐露するように話し始めた。


 彼女は、こことは違う別の世界で生きていた記憶があり、境遇は今と似ているらしいが、病弱で何も出来ない自分に嫌悪していたらしい。

 そんなお荷物だった前世の記憶があるからこそ、ここで今出来ることがあるのなら何でもやりたいと、彼女は真っ直ぐと俺の瞳を見て言った。

 そう言葉を締めくくった彼女の言葉を聞いて、俺は「なるほどな」と口を開いた。


「前世の記憶なんてそんな非現実的なことがあるのか、前の俺では信じられなかっただろうが……、君がどんな生命も軽んじずに、俺でも鳥でも何でも必死に看病しようとする姿を見ていたら、その話は本当だと思う」

「信じて、くれるの……?」

「君がそんなに上手く嘘をつけるとも思えないしな。

 それに、君こそが……、リディアが俺の命を救ってくれたんだ」


 俺はリディアの手からナイフとリンゴを取ると、そっと彼女の涙を拭った。


(今までそんな前世を抱えて生きているとは知らなかった)


 ましてや、前世の記憶がある人間なんて聞いたことはないが、それでも、彼女の言っていることは何の躊躇いもなく腑に落ちた。


(それに、その記憶を糧に強く生きようと、ここに立っている君の姿が美しい)


 心から今リディアがここにいてくれることに感謝しながら、看病してくれた時のことを思い出して、間違いなく俺の恩人はリディアだと告げる。

 そして、彼女の前世の話を聞いてつい気になってしまったことを投げかけた。


「……一応一つだけ聞いておくが、前世では君は恋仲になった相手はいたのか?」

「!?」


 彼女は絵に描いたようにその言葉に驚き、効果音でもつきそうなくらい左右に首を横に振る。

 そんな彼女の必死な様子に、思わずふはっと吹き出し、つい本音を漏らす。


「良かった」


 彼女の口から他の男の存在が……、いても彼女は可愛らしいのだから全くおかしくはないのだが、それでも俺は独占欲が強いらしく、心から安堵してしまう。


「前世の君も、こうして今の君が生きる原動力になっているんだ。

 その記憶も大切にして、俺の隣で生きて欲しい」

「……!」


 彼女は口元を両手で覆い、目を見開いた。

 そして、俺は彼女に助けてもらった命を思い誓う。


「前世の分も含めて、俺が君を幸せにすることを約束しよう。

 必ず生き延びて、リディアと共に最期の時まで生きる。

 それが俺の願いだ」


 そう口にすれば、リディアはまたさらに泣き出してしまった。


「リディアの涙も、流すたびに俺が何度でも拭おう。

 ……その前に、悲しさで泣かせないように努力しなければ」

「っ、ふふ、今のは嬉し泣きだから安心して」

「! ……そうだな」


 リディアが俺の大好きな笑みを浮かべる。

 リディアが側にいてくれることを確かめたくて、俺は、彼女の華奢な身体を引き寄せ、もう一度、今度は確かめるように口付けを交わしたのだった。




 そして、真っ直ぐと前を見つめる彼女の姿を見て決断した。

 過去から目を背け続けるのは、もう終わりにしようと。

 そうして、俺の止まっていた運命が大きく動きだす。


「……母上、ご無沙汰しております。

 お時間を作って頂きありがとうございます」


 俺の正面に座る、金色の髪に同色の瞳を持つ女性……、記憶にある彼女とは幾分歳をとったようにも見えるその人と向き合い、促され席に座る。

 そして、暫しの沈黙が流れたものの、はっと我に帰り隣に座るリディアを婚約者だと紹介すると、母上は呟いた。


「……イヴァンも、結婚のお相手を決める歳になったのね」


 母上の言葉に驚く俺に対し、彼女は突然頭を下げ謝罪の言葉を口にしたのだ。

 母上の言葉を聞いて、俺は思った。


(あぁ、やはりすれ違ってしまっていたのだな)


 事件当時、俺は気持ちの余裕がなくて、母上の気持ちを汲み取ることをしなかった。

 母上だってあんな事件がまさか邸の中で起こるとは思わなかっただろうし、危険に晒されたはずの我が子が真っ先にその犯人の命を奪ったことに驚くのは当たり前のことなのだから。


(母上はそんな俺に何度も話しかけようとしていたが、俺の方が何を言われるかと思うと怖くて、母上を避けたんだ)


 だから、母上は邸から何も言わずに姿を消した。

 俺もそれが正しいと、一人で生きる覚悟をしたのだ。


(けれど、それは間違いなのだと気が付かされた)


 彼女……、隣にいるリディアに出会ったから。


「彼女に救われて……、彼女と出会って分かった。

 人は一人では生きていけない。

 必ず誰かに支えられて生きているんだと。

 ……自分自身と向き合う強さを知ることが出来たのも、彼女のお陰なんです」


 そう言ってリディアを見て微笑み、母上に向かって言葉を続けた。


「私は、己の弱さも強さも認めて生きていくことを決めました。

 いつまでも過去から目を背けてばかりではいられないと。

 だからこうして、母上と話がしたくて来たんです」

「! ……イヴァン」

「はい。

 ……あの時、母上が何度も声をかけようとしてくれていたのに気が付いていました。

 けれど、何を言われるかを思うと怖くて、見て見ぬ振りをしてしまった。

 私にも責任はあるのです、母上。

 母上の気持ちを汲み取ろうとはせず、逃げ出したのは私も一緒です」


 だから。


「もし許されるのなら、また昔のように、私が大好きだった母上の笑顔を見せてくれませんか」

「そんなの、許すも何もないわ……!」


 母上はそう言って、俺が手渡したハンカチを受け取り、笑みを浮かべてくれた。

 その笑みは、幼い頃の記憶にあったものと何ら変わりのない、温かくて穏やかな笑顔だった。





 俺は、眠っている彼女を見つめて考える。


(それにしても、母上があんなにリディアを気にいるとは思わなかったな……、まあ、結果的には良いことだと思うが。

 彼女には色々と気を遣わせてしまったかもしれないな)


 母上は、リディアに俺の好きなところはどこかを尋ねた。 それに対し、リディアは答えたのだ。


『……最初は怖くて冷たい方なのかなと思っていたんですけど……、でも、本当は不器用なだけで心根は優しくて。

 彼と出会って、私自身も変わったんです。

 自分に自信を持てるようになったというか……、そう思えるようになったのも、全て彼のお蔭なんです』


(今思い出しても恥ずかしくなるな……)


 でも、素直に嬉しかった。

 彼女も、俺との出会いを通じて同じように感じていてくれたことに。


(それに)


 自然と笑みが溢れる。


『私も、イヴァンのことを愛しています。

 ……私を、お嫁さんにして下さい』


 今は閉じられているエメラルドの瞳をこちらに向け、彼女はそう言ってくれた。


(俺は何て幸せ者なんだろう)


 いつの日だったか、彼女と空を見上げた時。

 俺は、彼女と同じ景色を見られたら、それ以外に何もいらないと思えるようになる予感がしていた。

 実際に、そう思うようになるまで時間はかからなかった。


「……リディア」


 俺はそっとその名前を呼び、ポケットから小さな箱を取り出す。

 彼女が起きている時に渡そうと思っていたものだが……、今渡した方が良いような気がしたのだ。

 そう思い、そっと箱から取り出したものを彼女の薬指に嵌める。

 彼女の指に嵌められたそれは、金色の光を放ちキラキラと輝く。

 俺はその指にそっと口付けを落とすと、ふっと笑みをこぼした。


(彼女はどんな反応をするだろうか)


 俺は彼女が起きるのを待ちながら、穏やかに寝ている彼女の顔をいつまでも眺めていたのだった。



(イヴァン視点END)


イヴァン視点いかがでしたでしょうか?

本編に沿ってイヴァン視点を連載させていただきましたが、少し長くなってしまいました(汗)

お読み下さっている皆様に楽しんでいただけていたら嬉しいです。

次回よりレイラ視点、クラウスとの恋愛も含めた物語を数話連載予定です。

引き続きお読みいただけたら嬉しいです!

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