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通じ合った想い *イヴァン視点

 部屋に戻った俺は、血の染み付いた服を全て脱ぎ捨て、冷水のシャワーを浴びる。

 少しは頭が冴えるかと思ったが、ちらついては消えるのはリディアの驚いたような表情だった。


(俺はやはり、一人でいるべき人間なのだ)


 あの束の間の幸せは、全て幻だったのだと。

 目を瞑り頭を左右に振る。


 シャワーを浴び、シャツとズボンに着替えたところで、ノック音が聞こえた。


(……ユーグか?)


 一人にしろと言ったはずだが、と眉間に皺を寄せれば、その後に続いた言葉に俺は目を見開く。


「イヴァン、私よ。 もう一度、話がしたくて来たの」


 その声は紛れもない彼女……、リディアのもので。

 ハッと息を飲めば、リディアはもう一度口を開いた。


「休んでいたらごめんね。 でも、どうしても話をしたくて。

 ……貴方を一人にしたくなかったから」


 その言葉に、何かがプツッと切れる。

 そして、ガチャリと扉が開いた、その彼女を目で捉えると、ぐっとその華奢な身体を部屋の中へ引き入れた。


(真夜中に男の元を訪れる奴があるか?)


 俺を一人にさせたくなかったということは、そういう意味なのか?

 俺は不用心な彼女に苛立ちを隠せず、全く冴えていない頭をフル回転させながら言葉を口にし、彼女を長椅子に移動させるとドサッと乱暴におろした。

 そして、驚く彼女を見下ろし言い放つ。


「相応の覚悟があって此処へ来たんだろうな? 俺に何をされても良いと?」

「……!」


 彼女は今度こそ言葉を失った。 その姿を見て勝手に笑いが込み上げてくる。


「何だ、今頃怖気付いたのか? 俺が怖いんだろう? リディア。

 はっきりそう言えば良いだろう?

 怖いのなら逃げれば良い」


 そうだ、俺から逃げろ。

 穢れている俺に、純粋無垢な君は似合わない。

 それなのに。


「イヴァンこそ、何を怖がっているの?」

「……何だと?」

「私のこと、わざと突き放そうとしている。

 私を怖がらせれば、離れていくと思っているようだけれど……、そんなことをしても無駄よ。

 たとえこのまま私を貴方の言う相手にしたとしても、私は貴方から離れない、絶対に」

「……!」


 その彼女の真っ直ぐな言葉は、冷え切った俺の心に突き刺さって。

 今度は俺が驚いていると、彼女は続けた。


「それに私に手を出したら、傷付くのは貴方よ。

 貴方は優しい人だから」

「っ、そんなことはない! 俺は、人を平気で傷付ける、血に飢えた化け物で」

「違う! 誰がそんなことを言ったの?

 貴方は化け物なんかじゃないわ。

 貴方が剣を振るうのは、人のためだって知っている。

 剣は傷付けるのではなく、守るためにあるのだって。

 だから、そんなふうに言わないで、自分を苦しめないで」

「っ、違う! 俺は汚れている。 だから……っ」


 そんなことを言われたら。

 俺はもう、君を……、リディアがこれからも、俺の側にいてくれるのではないかと都合の良い勘違いをしてしまうから……。


 そう思い視線を逸らそうとした俺を許さないとばかりに、彼女は小さな手で俺の両頬をぐいっと挟み、真正面から顔を向けさせる。

 俺に諭すように言葉をかけてから、彼女はすっと息を吸うと、柔らかく、でもしっかりと言い切った。


「愛しているわ、イヴァン」

「……っ、違う」

「私の気持ちを否定しないで。

 私は、貴方のことが好き。 誰に何を言われても、その気持ちだけは変わらない。

 ……例え貴方と想いが通じ合わなかったとしても、私は生涯貴方以外を愛する気はない。

 本当に昔も今もこんなに好きになったのは、貴方だけなの……っ」

「!」


 そう言って、彼女は身を起こし俺の首にギュッと抱きついた。


「イヴァンは私のことをどう思っているか分からない。

 けれど、私は貴方の味方よ。

 これからもずっと。

 だから、そんな風に自分を傷付けないで。

 一人になろうとしないで。 ……お願い」

「! ……リディア」


 そう彼女の名を思わず呼びながら、俺はその小さな身体が震えていることに気付く。


(リディア……)


 俺は一度彼女から離れると、その身体をそっと長椅子に座り直させた。

 そして一言、「すまない」と告げてから泣きそうな表情を浮かべる彼女を見てもう一度抱きしめる。

 その温かさに、俺は冷え切っていた心が今度こそ決壊して、壊れたように涙をこぼしながら、何度も彼女の名を呼び続けたのだった。




 そして、俺はそのまま力尽きてしまった。

 意識が朦朧とし、何度もあの日……、母親がいなくなったあの事件を思い出しては、叫びたくなる衝動に襲われる。

 その度、ふと温かな声が俺の名を呼んでいる気がした。


(……母上か?)


 違う、この声は……。

 その声に導かれるようにうっすらと目を開ければ、その視界の先で金色の長い髪と緑色の瞳がこちらを心配そうに見つめている。

 左手が温かいのは、彼女……、リディアが握りしめてくれているからだ。


「大丈夫、今はしっかり休んで」


 その言葉に、俺はいつかの朧げだった記憶が鮮明に思い出された。


(あぁ、あの日……、命を失いかけた日、助けてくれたのは間違いなく、君だった……)


 彼女に感謝しても仕切れない。

 目を覚ましたら、彼女に伝えなくては。

 あの時は、助けてくれてありがとうと。

 そして、これからは俺を選んでくれた君を、一生かけて守り愛し抜くと……―――




 次に目を覚ましたのは二日後だった。

 まだ微熱程度に熱はあるものの、彼女の看病のお陰もあって大分楽になった。

 俺が寝ている間、彼女は看病をしてくれていたが、父上が帰ってくるとすぐ彼女に俺の過去の話をしていたらしく、泣いている彼女をみて俺は激昂してしまったが、彼女は父上を庇った。

 部屋へ戻った俺は、リディアと話を交わすうちに、やはり彼女にも過去の話を知っておいてもらえたらという思いに変わった。


 そして、彼女に真実を告げた。

 これ以上、大切な人がいなくなってしまうのは耐えられないと。

 そう思っていたが、リディアと出会ったことで俺の中で“何か”が変わった。


「俺は君を……、君がこの前言ってくれた“愛している”という言葉を、信じても良いだろうか?」

「……!」

「俺にとってその言葉は、“呪い”だった。

 愛なんて不確かなものを信じることが怖かった。

 自分は一生、誰からも愛される資格も、愛する資格もないと、そう思っていたんだ」


 だが、君は……、リディアは違った。

 いつだって、リディアは俺と正面から向き合ってくれた。

 いくら突き放そうとしても、あの翡翠色の瞳を真っ直ぐと俺に向け、逸らすことはなく“愛している”という想いをぶつけ、貫いてくれた。


「……今度は俺が、その手を取ることを望んでも良いのだろうか?」


 俺の言葉に、リディアは目を丸くし、身体を震わせた。

 そして、瞳から大粒の涙をこぼしながら、大きく頷いて言った。


「っ、そんなの、良いに決まっているわ……っ」


 俺は耐えきれないというふうに涙をこぼす彼女の涙を拭いながら思う。


(あぁ、俺は幸せ者だ)


 こんなに俺を、愛してくれる人がいたなんて。

 彼女と言葉を交わしながら、溢れる想いが伝わるように、そっとこめかみに口付けを落とす。

 そして、額を合わせるとそっと口を開いた。


「誕生日の約束、果たすことが出来なくてすまない」

「ううん、イヴァンは無理をして誕生日の当日に帰ってきてくれたでしょう?

 それに、無事で帰ってきてくれただけで良かった。 本当に……」


 そう言ってくれる彼女の言葉に、また温かな気持ちが広がって。

 俺は幸せを噛み締めながら言葉を続けた。


「本当は誕生日当日に言いたかったが、遅くなってしまってすまない。

 改めて言わせてくれ。

 誕生日おめでとう、リディア」

「ふふ、ありがとう、イヴァン。 凄く嬉しい」

「それともう一つ、君に伝えたいと思っていたことがあるんだ。

 聞いてくれるか?」

「!」


 彼女は俺の言葉の意味に勘づいたようで、少し間を置いてから頷いた。

 それだけで自然と口角が上がり、彼女を愛おしいという気持ちが溢れ、伝えようと思っていた言葉も自然と口から出ていた。


「俺も愛している、リディア」

「!! ……本、当に? 夢ではないよね?」

「あぁ、夢じゃない。 俺がこの先も、生涯こんなにも大切だと思えるのは君だけだ、リディア。

 君が唯一の、俺の光だ」

「っ、イヴァン……!」


 リディアはギュッと俺の首に抱きついた。

 わんわんと声を上げて泣く彼女の姿を見て、返事は聞かずとも是だと受け止め、俺は何度も今まで伝えられなかった気持ちを、言葉で表した。

 好きだ、愛していると……、そう何度も告げてから彼女と視線を合わせれば、リディアは相変わらず目元を真っ赤にしてこちらを見ていた。

 その姿を見て、思わず笑みを溢す。


「本当に、リディアは泣き虫だな」

「っ、貴方のせいよ」

「そうだな」


 どうしたら許してくれるだろうか。

 その前に、彼女に溢れるようなこの想いを伝えなくては。

 そう思い、頬や瞼、額など愛おしさのままに口付けを落とせば、彼女は流石に恥ずかしくなったようで俺の胸を押しながら言った。


「イ、イヴァン、くすぐったい……」


 その言葉に俺は悪戯っぽく笑い、泣き止まないと唇にキスをするぞと冗談めかして口にすれば、彼女は少し驚いたように目を見開き、「良いよ」と言ったのだ。

 これには俺の方が驚いてしまい、それに更に追い討ちをかけるように、何と彼女から触れるだけの口付けをしてきたのだ。

 俺は驚いてしまったが、恥ずかしそうに顔を赤く染める彼女を見て幸せな気持ちになる。


「好きだ、リディア」

「っ、私も! イヴァンのことが大好きです」


 お互いの想いを改めて確かめ合うと、今度こそゆっくりと唇を重ねたのだった。




 

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