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束の間の幸せ *イヴァン視点

「君の誕生日を祝うには、何をすれば喜んでくれるんだ?」


 そう素直に尋ねた俺に対し、リディアはポカンと口を開けてから少しの間の後、ハッとしたようにそういえばもうすぐ誕生日だと言った。

 その様子にまさか自分の誕生日を忘れているとは思わず、彼女に気付かれないように喜ばせようと気を遣っていた俺は何だったのだと嘆息する。


(俺としては、リディアから誕生日だと言って来るだろうと思っていたが、まさか忘れているとはな。

 まあ、人のことを優先し自分のことを蔑ろにしてしまう彼女らしいと言えば彼女らしいか)


 そう思った俺は、彼女の頭を軽く小突いて注意する。


「人のことばかりでなく自分のことにもっとかまけろ。

 君は、自分のことを大切にしなさすぎる」

「そ、そうかな?」

「絶対にそうだ」


 彼女は俺の言葉に苦笑いを浮かべる。

 そうして開き直った俺は、誕生日に本当に何が欲しいのかを尋ねれば、彼女は困ったようにプレゼントの山を見つめていたと思ったら、物ではないものでも良いか尋ねられ、思いついたように放った言葉は。


「私の誕生日の当日、少しの間だけでも良いから、私と一緒にいてほしい」

「……!」


(そんなことで良いのか?)


 まさか、誕生日に願うことが俺といることだとは思わず、目を瞬かせれば、それは難しいと捉えたのかリディアが慌て出す。

 それに対してこちらもすぐに了解の意を示せば、彼女は微笑みを浮かべ礼を言った。

 だが、どうしてそれが願いなのか、もっと他に欲しいものはないのかと尋ねれば、彼女は少し間を置いてじっと俺を見つめて言った。


「確かに、形に残る物でも何でも、頂いた物は嬉しいけれど……、それよりも、今はイヴァンといられる時間を大切にしたいの」


 その言葉にドクンと心臓が高鳴る。


(……本当に、リディアは)


 俺には勿体無いくらいの婚約者だ。

 それに、俺はまだまだ彼女のことが分かっていないな。


(もっと、彼女のことを知りたい)


 彼女に近付きたいと、初めて人に自分から歩み寄ろうと思った瞬間だった。

 思わず黙ってリディアを見つめていれば、彼女は少し顔を赤くして言った。


「わ、私何か変なことを言った?」

「……いや、確かに君らしい願いだなと思って。 俺もまだまだ君のことをわかっているようで分かっていないということが判明した」


 俺はそう口にすると、彼女の華奢な手をそっと握り歩き出した。


「やはり、それだけでは足りないと思うから、形の残る物も何か贈らせてくれ。

 君が欲しい物ならば何でも良い」

「わ、私の欲しい物?」


 これは、リディアの我儘を聞くというより俺のエゴなのかもしれない。


(彼女の婚約者として、形に残る物もしっかり贈らせてほしい)


 そして願わくば、この手を放したくはないと、そんな感情を抱きながら彼女の続きの言葉を待っていると、リディアは「あ!」と声を上げ、キラキラとした瞳で俺を見上げた。


 そうして彼女が欲しいと言った物は、ロケットペンダントだった。

 それは以前、俺が助けてもらった際に走り書きで書いたメモを入れるために、彼女が身に付けている物だった。

 しかも、驚くほど安物であるというのに彼女は今日一番の笑みを浮かべるものだから、俺は少し困惑してしまっていると、彼女はロケットペンダントに目を落としたまま言った。


「これが欲しかったの。

 ……このペンダントもメモも、イヴァンから貰った大切な宝物だから。

 私にとってはお守りのようなものよ」

「そういうものか?」

「えぇ! これなら肌身離さずつけられるもの」


 その言葉に思わず息を呑んでしまう。


(……無意識なのか? 俺を試しているのか?)


 ペンダントを贈るだけでも自分の婚約者だという誇示するような意味があるのに、それを肌身離さずつけるだなんて……。


「本当にお前は……」


 カッと体が熱くなって、思わず目の前にいる彼女を抱きしめたいという衝動に駆られる。

 しかし、それを何とか理性でグッと堪え、彼女のウィッグを取って現れたその金の髪を乱暴に撫でるだけに留めておけば、彼女にその腕を掴まれてしまう。

 それによって彼女と見つめ合い、まるで時が止まったかのような感覚に陥る。


(あぁ、俺は)


 もう、彼女に対するこの気持ちを誤魔化すことは出来ない。


「……三日後の誕生日、君に話したいことがある。

 聞いてくれるか」

「! ……えぇ、もちろん。

 イヴァンの話、聞きたいわ」


 リディアの笑みに、俺は安心して笑みを返す。


(絶対に彼女の誕生日に伝えるんだ。

 ずっと自ら目を背けていたこの気持ちの正体を。

 ……リディアの、彼女の思いに応えるために)


 そう心に決めた俺だったが、そんな俺の元に良くない報せが届く。





「敵の状況は?」

「現在アデール領を占拠、領民を人質に捉え立てこもっているそうです」

「領民の安否は?」

「今のところ負傷者は数名、命を取り留めているようですがあまりは長くは保たないようです。 まずは人命を最優先とのこと」

「……くそっ」


 俺は足場の悪い道を馬を走らせながら、ユーグの報告を聞いて舌打ちと共に吐き捨てた。


(まさかこんなタイミングの悪い時に事件が起こるとは……っ)


 脳裏の片隅で、彼女の……、リディアの別れ際の表情と言葉が過ぎる。

 私は大丈夫と言いながら、俺の服の裾を握る手が震えていたこと。

 絶対に無事で帰ってきてと真っ直ぐな瞳で俺を見て口にしたこと……。


(大丈夫、リディアが助けてくれた命、決して無駄にはしない)


 そして、帰るんだ。

 愛する彼女の元へ。

 彼女と約束を交わしている、大切な彼女の誕生日までに。


(早く、早く……!)


 俺は無我夢中だった。

 敵の陣地に自ら先陣を切って乗り込み、一人も残すことなく敵全員を一網打尽にした。

 捕まえた反逆者共の狙いは、王族の直轄地であるアデール領を占領し、民を人質にとれば、王族が出てくるとでも思ったのだろう。


(そう簡単に王族が出てくると思うのか)


 王族は自分達が命を落とせば国が傾いてしまうことを知っている。

 そのために辺境伯家が目を光らせているというのに、勝手に国を滅ぼし英雄になろうとするこういった馬鹿共は後を立たない。


「……クソッ」


 俺は報告書の束に目を通しながら、最早何度目か分からない舌打ちをした。


 一日で領土を取り返しはしたが、後始末に追われ、結局俺達が邸へと帰ることができたのは三日後……、彼女の誕生日当日だった。

 今すぐにでも彼女に無事を伝え、誕生日を祝いたいと思ったが、自分の姿を見てハッとした。


(これでは彼女が怯えてしまう)


 色濃く染み付いた血の跡……、それも自分の血ではなく敵の血であることに、俺は愕然としてしまった。

 こんなことは、最近では当たり前のようになっていた。

 だが、俺のその感覚は麻痺していることに気付き、冷水を浴びたような気持ちになる。


(リディアにこんな姿は見せたくない)


 昔……、あの時のように、また大切な人を失うのはもう二度とごめんだ。

 だが、今回彼女から目を背けられたとしても、これから先何度今回のように彼女を不安にさせてしまうか分からない。


(……俺は、リディアには相応しくないのか……?)


 疲れた頭で、リディアの顔が幾度となく現れては消える。

 俺はどうすれば良いのか分からず、爪が食い込むほど強く拳を握り締めたのだった。



 悩んだ末、やはりこの格好で彼女の誕生日を祝うことなど出来ないと結論付け、頭を一度冷やしてから明日改めて彼女の誕生日を祝おう。

 そう思い、疲労困憊の状態で邸へ戻ると。


「イ、ヴァン……?」

「!」


 ハッと顔を上げた先には、夜着姿で髪を振り乱して走ってきたリディアの姿があった。

 そんな彼女の顔を見てほっとする自分がいるのと同時に、そんな彼女に近付くことを恐れる自分がいて。

 だがリディアは、ハッとしたように俺の元に走り寄ってくると、傷の手当てをと言い出した。 

 どうやら、俺が怪我をして血を流していると思ったらしい。 リディアは俺に向かって手を伸ばす……が、その手を気が付けばパシッと振り払い、口にしていた。


「これは俺の血ではない」

「え……、!」


 俺の言葉に、彼女が驚愕したように目を見開く。


(見るな)


 俺は彼女の視線と沈黙が怖くてすぐに口を開いた。


「……やはり俺が怖いんだろう」

「っ、そんな」

「嘘をつくな、声が震えている」


 そう指摘すれば、彼女は黙ってしまって。


(……あぁ、これで俺は、また大切な人を失うのか)


 そうだ、当の昔に誓ったではないか。

 俺はもう、普通の人間ではない。

 一人でこの道を生きていかねばならないのだと。

 誰も、自分も、傷付けることなく……。


 俺は彼女に背を向け、足早に歩き出す。

 彼女が制する声が聞こえるが、その声を振り切って俺はその場を後にしたのだった。


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