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夜会と彼女の誕生日 *イヴァン視点

 そして、リディアと練習を共にしていたダンスが始まる。

 最初はワルツだけのつもりが、3曲も踊ってしまった。

 理由は、一曲目の終わり、踊り終えたリディアに声をかけようとする輩がいたからである。

 それに、夜会では婚約者同士であれば3曲以上を続けて踊るということが暗黙の了解となっているため、当初の予定を大幅に狂わせて3曲通して踊れば、それを知らない彼女は頬を膨らませて怒っていた。

 ……全くの逆効果で可愛かったため、思わず言葉に詰まったが。


 そんなリディアを連れて会場を出て向かった先は、事前にクラウスから許可を得ていた王家専用の待合室のような場所だった。

 そこからであれば、会場を上から見渡せるようになっている。


(クラウスからこの場所で待っているよう言われたから来たが……、全くあいつは何を考えているんだ)


 恐らくレイラ嬢とリディア絡みだろうと思いつつ、そこではリディアを人目に晒すこともないだろうと考え、ようやく心を落ち着かせる。

 隣ではリディアがキョロキョロと辺りを見回してから、俺と言葉を交わす。

 リディアに俺が何故夜会を訪れたかを尋ねられ、リディアが婚約者として来てくれるからだと口にしてから、ポツリと本音を溢してしまった。


「やはり君を連れてくるべきではなかった」

「!? ど、どうして?」


 その言葉に慌てるリディアに、誤解が生まれたことに気付き、少し恥ずかしくなりながらも本音を口にすれば、彼女は驚いたように言った。


「そ、そんな、確かに皆からの視線は痛かったけれど、私のことなんてただの悪女にしか見えていないわ」


 その言葉に、まさか彼女が男共の不躾な視線の意図に全く気付いていなかった鈍感ぶりに驚いてしまう。

 だから、言葉を重ねてどれだけリディアが人目を引くほどの魅力ある女性かを口にすれば、リディアは顔を真っ赤にし小さく震えていた……かと思いきや、次の瞬間妹を見つけたと身を乗り出すものだから、慌てて制する。

 そして、レイラ嬢の元へ行こうとするものだから、待っていれば来ると告げればようやく大人しくなった。

 その姿を横目に、俺は内心呆れていた。


(全く、妹のことなると一心不乱になるのはどうかと思うが……、これも惚れた弱みというやつか)


 などと、少しアルコールが回った頭でぼんやりと考えていると、クラウスの言う通りレイラ嬢とクラウスがやって来た。

 そして、クラウスがレイラ嬢に交際を申し込んだことを伝えると、リディアは感極まったようにレイラ嬢に抱きつき、おめでとうと口にした。


 そして、レイラ嬢も俺達のことを祝福しながら言った。


「でも、今日は一段と素敵ね! 皆がお姉様に釘付けになっていたわ」

「!? そ、そんなことはないわ。

 ほら、私は悪目立ちしてしまうから」

「何を言っているの、今日のお姉様は空から舞い降りた雪の妖精だと皆が噂していたわ」

「は!? ゆ、雪の妖精!?」


 リディアが心から驚いたという表情をするのに対し、クラウスは面白がるように俺をチラリと見ながら言った。


「うん、レイラ嬢の言う通り私も素敵だと思うよ。

 イヴァンが隠したがる気持ちも分かる気がする」

「か、隠したがる?」

「おい、余計なことを言うなクラウス。

 分かっているだろうな?」


 クラウスに向かって圧をかければ、降参だと言って手を上げながら笑っているのは今日だけ見逃してやろうと思っている矢先、レイラ嬢も余計な一言を口にした。


「ふふ、イヴァン様はお姉様のことを溺愛しているというのは本当だったんですね。

 安心しました」

「で、溺愛!?」

「……クラウス」


 やはり締め上げた方が良いだろうかと思い始めた俺の殺気を感じたクラウスが、ようやく俺を揶揄うのをやめてリディアに話しかける。

 そして、俺には次もきてくれたら嬉しいと口にするクラウスに対し、次はないと告げたが、こちらを見上げるリディアを見て、この姿を見られるのも悪くないと思った俺は、何とか「考えてはおこう」と返答したのだった。





 馬車の中で、俺はいつの間にか眠ってしまったらしい。


(あの日……、昔以来こんなに深く眠ったことはない)


 それは多分、リディアが隣にいてくれるからだろう。

 そして先程、聞き間違いでなければ彼女の温かな声が聞こえた。


『ありがとう、イヴァン。

 私も、私が感じている幸せを、貴方に返していけるように頑張るね』


 今は姿勢良くスースーと小さな寝息を立てて眠っている彼女に対し、俺は小さく口にする。


「……そんなもの、いつも貰っている」


 君が隣にいれば、俺はそれ以外には何もいらない。

 そう口にして、彼女の頭を俺の肩にもたれかからせると、そっとその頭に口付けを落としたのだった。




 夜会から数日後。


「……」

「イヴァン様? いつになく難しい顔をされていますがどうなさったのです?」


 ユーグにそう尋ねられ、俺ははーっと息を吐き呟いた。


「……もうすぐ彼女の誕生日だって知っていたか」

「? ……あ、リディア様のですね」


 ユーグはポンと手を打つ。 俺はこめかみを抑え言った。


「いくら考えても彼女が喜びそうなものが何なのか分からん」

「リディア様が喜びそうなもの……、そうですね、イヴァン様がして差し上げることでしたら、お嬢様なら何でも喜ばれそうですが」

「! それもそれで問題だな」

「どうしてですか?」

「真に彼女が気にいるとは限らない」


 俺がそう口にすると、ユーグは苦笑いして「そうでしょうか?」と口にする。

 俺はもう一度考えを巡らせた。


(ドレスか? いや、彼女に前買い与えたらこんなにいらないと半泣きされたな……、装飾品の類は元々いらないと言うし、そもそも彼女が気にいるデザインが分からん……。 

 あぁ、俺には到底考えることなど無理だ)


 そこで考えを放棄しようとした俺に対し、ユーグはあ、と声を上げた。


「そういえば、最近リディア様の部屋の灯りが夜遅くまでついているそうですよ。

 何でも、淑女教育を熱心にこなされているそうで」

「!? 夜会はもう終わったのにか?」

「はい」


 ユーグの言葉に、俺は「確かに」と腕を組み言った。


「以前彼女の部屋の灯りがついているとは思ったことがあったが……、夜会が終わってもそれではリディアも休んだ気がしないだろう」

「リディア様は勤勉家ですからね……」


 ユーグの言葉に彼女に休む口実を与えなければ、と思ったそのとき、ふとある記憶を思い出した。


「……そういえば、以前城下に行ってみたいと言っていたことがあるな」


 クラウスに会いに城に行く道中で、通りすがった街の様子を見て、目をキラキラと輝かせながら城下に興味を示していたことをふと思い出す。

 その言葉に、ユーグが口を開いた。


「では、この機会にリディア様を城下にお連れされてはいかがでしょう?」

「……確かに、そうすればリディアが心から欲しいと思うもの……、誕生日の贈り物も決めることができるな」


 俺の言葉に、ユーグは「良いと思います!」と同調してくれた。



 そうして彼女には誕生日の贈り物を買うことは伏せ、気晴らしを名目に城下へ誘うと、彼女は目に見えて大喜びしていた。

 その喜びようにはまるで子供のようだと思いながらも、その笑顔を見てこちらまで温かな気持ちが広がる。

 そんな彼女を楽しませようと、俺はその日出来る限り彼女が喜びそうな場所を自ら探し、情報を集めた。


 準備万端で挑んだ彼女とのお忍びでの城下だが、彼女の顔からは本当に嬉しいと思っている笑顔がなかなか出ない。


(城下に行くと言った時の笑顔の方が、よっぽど嬉しそうだったが……)


 まさか俺と出かけることが楽しくないのか?

 そう思い、慌てて欲しいものはないのかを尋ね、全て気に入ったのなら店ごと買い占めると言えば、リディアに怒られ、俺の態度がいつもと違うと心配されてしまう。

 彼女を喜ばせようと思ってしたつもりの行動が、全て裏目に出ていると気付いた俺は白状した。


「君の誕生日を祝うには、何をすれば喜んでくれるんだ?」


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