夜会 *イヴァン視点
「……」
俺は教師に報告させているリディアのこなしているレッスンメニューに視線を落とし、考え込む。
(ダンスが不得意だと言っていたが、このレッスン量は多いのではないか?)
夜会前だからと言ってリディアが張り切ってくれているのは知っていたが、実技の方のレッスンは苦戦していると双方から聞いている。
少し心配になった俺は、仕事の合間を見計らい様子を見に行くことにした。
案の定靴擦れを起こしたままダンスを踊り続けていたため、治療を施してから俺と踊ることを提案した。
一人での彼女の練習を見ていて、効率が悪いのではないかと思ったがための提案だったのだが、リディアは顔を青ざめさせたり赤くさせたりしてなかなか踊ろうとしない。
(リディアは本当に表情がコロコロと変わるな……)
そんな姿も愛らしい、などと自分でも戸惑う感情を抱きながら、華奢な彼女の腰に手を添え、ぐっと身体を引き寄せれば、彼女からふわりと甘い良い香りがした。
(違う、俺は変態か!?)
平然を装いながらも内心動揺したまま、踊りながら会話を続ければ、彼女の口から驚きの言葉が飛び出た。
「で、でも、自分で言うのも何だけど、身体も軽く感じるし、こんなに上手く踊れたことがなかったから何か感動するわ」
その言葉に酷く動揺してしまう。
(彼女も踊ったことがあるということは、俺以外の男と踊ったことがあるというのか……!?)
ダンスが不得意だというし、夜会では壁の花になっていることが多いと聞いていたから、てっきり踊ったことはないのだと思っていたが。
(……それもそうだ、彼女も成人している女性なのだからダンスくらい経験しているに決まっているだろう)
それなのに、何故こんな複雑な気持ちになるんだ……?
何とか彼女の言葉に対し質問を返す。
「君は、誰かと踊ったことがあるのか?」
「? えぇ、勿論よ。 お父様とだって踊ったし、レイラに近付きたい男性と数えるくらいだけど踊ったことはあるわ」
その言葉に、初めてだと思っていたと素直に口にすれば、彼女は怒ってしまった。
俺はそれを慌てて否定しながらも、自分の中で渦巻く複雑な感情に対しても結論付けるように彼女に向かって口を開いた。
「まあ、これからは他の男共と踊る機会なんてないからな。
これからもずっと、お前は俺とだけ踊れれば良い」
「……は」
彼女は目をパチリと瞬かせる。
そのエメラルドの瞳に見つめられてようやく気持ちが晴れたような気がして、俺はくるっと彼女の身体を持ち上げて回転すれば、彼女は真っ赤な顔をして怒るのだった。
そして、夜会当日を迎えた。
自分の身嗜みを整えてから彼女の部屋へと向かう。
(リディアが気に入っていると良いが)
自分の衣装だけではなく彼女のドレスも俺が仕立てた。
巷では婚約者のお披露目の際は、婚約者同士であることを印象付けるため、揃わせるのが流行りなのだと聞いている。
俺は衣装に関してはどちらでも良いと思っていたが、彼女の反応を見て揃いにすることを決めた。
彼女の部屋の扉をノックをしてから声をかける。
「リディア、そろそろ時間だ。 準備は出来たか?」
「開けて大丈夫よ」
そう彼女の許可を得て扉を開けた先には。
(わ……)
ドレスの最終的な仕上がりは知っていた。
だが、ドレスの仕上がりよりもそれを身に纏った彼女の姿に驚き、思わず言葉を無くして凝視してしまう。
いつもは流している金の髪を美しく結い上げ、化粧は自然体に施されており、清楚で可憐というイメージがピッタリとあった。 それに相俟って銀の繊細なドレスを着た彼女は、女神と形容しても何らおかしくはない……。
「きゃっ……」
「!」
リディアが慌てて立ち上がったかと思ったら転びそうになる。
咄嗟に身体が動き、彼女の身体を抱きとめていた。
「おい、大丈夫か?」
「え、あ……」
リディアは俺の腕と顔とを交互に見て慌てたように謝る。
それに対して今目の前にいるのはリディアだと、ようやく我に帰って口にすれば、彼女は俺の言葉にみるみるうちに顔を真っ赤にした。
それに気付き、俺も自らが無意識に口走っていた言葉に気付き、つられて顔が熱くなるのが分かり、咳払いをしてからまた口を開けば、今度は彼女がへへっと笑った。
その無防備な表情に、思わず口元を押さえ言った。
「お前、その笑い方はやめろ、後下からこちらを見上げるな」
「えっ、へ、変だった? というか、下から見上げないとイヴァンの顔が見られないから仕方がないというか……」
彼女がこんなでは今日の夜会は危ない。
リディアと常に行動を共にしなければ。
リディアを守らなければと、彼女の小さな手を取りエスコートをしながら固く誓ったのだった。
案の定、会場へ入った瞬間からリディアは注目の的だった。
俺だけの時も視線を向けられることは良くあるが、今日はそれよりも彼女に対する周りの反応の方が大きい。
あの御令嬢は誰だ、話をしたいという輩の不躾な目や声が聞こえてくる。
俺はそんな彼女を庇いつつ、隙あらば声をかけてこようとするそいつらを警戒し容赦なく睨みつけながら、何も知らない彼女の隣に立ち続けた。
声をかけて来た仕事仲間でさえも、彼女に興味津々であったため、紹介は最小限に抑えていると、何故か“独占欲丸出しだな”とニヤニヤと笑いながら言われた。
(そうなのだろうか)
自分でも分からないこの気持ちの正体は、“独占したい”という俺の欲なんだろうか。
そんなことを考えながら彼女を見ていると、目の前に颯爽とあの男が現れた。
「やあ、ごきげんよう、リディア・ラングレー嬢」
「ご無沙汰しております、クラウス・アーセント殿下」
その男……、クラウスの登場に、リディアはふわりと笑い淑女の礼をする。
その姿にイラッとした俺は、彼女とクラウスの間に身体を滑り込ませて口を開く。
「クラウス、リディアに話しかけるのは俺に通してからにしろ」
「!? イ、イヴァン!」
彼女は慌てたように後ろから俺の名を呼んだが、クラウスは笑って軽く謝罪をして言った。
その笑みは相変わらず胡散臭く、俺はどうして彼女のことも名指しで招待したんだと言及すれば、クラウスは俺に一歩近付くと声を潜めて言った。
「リディア嬢を君の婚約者だって知らしめる良いチャンスだと思って。 このまま放っておけば、彼女が夜会に出た時にポッと出の男に掻っ攫われてしまうかもしれないでしょう?」
「!」
「そうならないためにも、こうして大きな夜会で君の婚約者だってお披露目する場があった方が良いんじゃないかという、幼馴染の私なりの計らいだよ」
「……チッ」
(相変わらず考えることがお節介なことだ)
絶対それだけが理由なはずがないだろうが、俺としてもそれは有難いことではあったので、舌打ちだけで済ませれば、クラウスは嫌味なほど爽やかな笑みを浮かべて、今度はリディアに向かって声高に口を開き、こちらもそれに続いたのだった。
夜会編、一度区切ります。




