辺境伯夫人
明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。
別荘に着くと、夫人付きの侍女さんだという女性に案内され、私達は夫人が待つ部屋へと向かった。
「イヴァン」
どこか緊張した面持ちで隣を歩く彼の名を呼べば、彼は小さく笑って大丈夫だと言うように私の手を握った。
「奥様、イヴァン様とリディア様がお見えです」
「お通しして」
扉越しに夫人の声を聞いた彼の手に力がこもるのが分かり、私はそっとそんな彼に寄り添いながら、部屋の中へ歩みを進める。
部屋の中は暖かな日差しが窓から降り注いでおり、その光の中に佇む一人の女性がこちらを見ていた。
金色の髪に同色の瞳を持つその方は、顔立ちがイヴァンによく似ていて。
(辺境伯様とイヴァンは似ていると思っていたけれど……、こうしてみるとイヴァンの面立ちは夫人に似ているわ。
本当に綺麗)
思わず凝視してしまっていると、侍女は「失礼致します」と言って部屋を出て行った。
そうして三人だけになった部屋で、少しの沈黙が訪れる。
話を切り出したのはイヴァンだった。
「……母上、ご無沙汰しております。
お時間を作って頂きありがとうございます」
何処か硬いイヴァンの言葉に、夫人もまたどこかぎこちなく言葉を返した。
「そこにお座りになって。 リディアさんも」
「はい」
私も少し緊張しつつ、粗相をしないようにと気を付けながらイヴァンの隣に腰掛ければ、夫人もその向かいに座った。
そしてまた、沈黙が訪れる。
(私から話すのも良くないし……、ここは見守っていた方が良いわよね)
そう思い、二人が話すのを待っていれば、口を開いたのはイヴァンだった。
「まずは紹介させて下さい。
私の婚約者となった“リディア・ラングレー”です」
「お初にお目にかかります。
リディア・ラングレーと申します。
お会い出来て光栄です」
「ラングレーとは……、ラングレー伯爵家の?」
「は、はい」
夫人に話を振られるとは思わず慌てて頷けば、彼女は「そう」と口にしてから、イヴァンに目を向けて言った。
「……イヴァンも、結婚のお相手を決める歳になったのね」
「!」
夫人はそう言うと、イヴァンと同じ金の瞳に涙を浮かべて言った。
「見ない間にこんなに大きくなって……、こちらこそ、お会い出来て良かったわ」
「母上……」
イヴァンが驚いていれば、夫人は突然頭を下げて言った。
「ごめんなさい、イヴァン。
私は貴方の、母親面をする資格なんてないわ」
「頭をお上げください、母上」
「貴方に何度謝っても許されることではないことは分かっている。
けれど、謝らせて欲しいの。
私は、まだ幼い貴方の手を取らずに逃げ出してしまったのだから……っ」
そう口にして、夫人はそのまま泣き出してしまった。
そして、そのまま言葉を続けた。
「あの時私は、貴方に声をかけられなかった。
何と声を掛ければ良いか分からなくて……、一番傷ついていたのは貴方なのに、私はそんな貴方から目を背けてしまった……」
「……」
イヴァンは何も言わなかった。
ただギュッと拳を握りしめると、小さく呟くように言った。
「……あの事件の後、暫く誰とも口を聞けなかった……」
(イヴァン……)
「自分のしたことが信じられなくて……、あの時何をするのが正しかったのか、今でも考えることがある。
その上、貴女が離れて行った時は正直悲しくて、幼心にずっと捨てられたと思っていた」
「! ……」
夫人はその言葉に俯いた。
イヴァンはそのまま続ける。
「その時から極力人と関わることを避けて、一人で過ごすようになった。
そうすれば、自分が傷付かないと思っていたから。
……でも」
イヴァンは私の手を取ると、そっと持ち上げた。
驚く私に、彼は私を見て言った。
「彼女に救われて……、彼女と出会って分かった。
人は一人では生きていけない。
必ず誰かに支えられて生きているんだと。
……自分自身と向き合う強さを知ることが出来たのも、彼女のお陰なんです」
「!」
イヴァンは私を見て柔らかく笑うと、夫人に向き直り言った。
「私は、己の弱さも強さも認めて生きていくことを決めました。
いつまでも過去から目を背けてばかりではいられないと。
だからこうして、母上と話がしたくて来たんです」
「! ……イヴァン」
夫人は震える声で彼の名を呼ぶ。
イヴァンはそこで初めて、少し笑って「はい」と返事をして言った。
「私からも謝らせて下さい。
……あの時、母上が何度も声をかけようとしてくれていたのに気が付いていました。
けれど、何を言われるかを思うと怖くて、見て見ぬ振りをしてしまった。
私にも責任はあるのです、母上。
母上の気持ちを汲み取ろうとはせず、逃げ出したのは私も一緒です」
「!」
イヴァンはハンカチを取り出すと、夫人に差し出した。
驚き顔をあげる夫人に向かって、イヴァンははっきりと口にした。
「もし許されるのなら、また昔のように、私が大好きだった母上の笑顔を見せてくれませんか」
「そんなの、許すも何もないわ……!」
夫人はそう言って、イヴァンの手からハンカチを取ると、そっと涙を拭いた。
そして、金色の瞳を細めてふわりと笑った。
その笑顔は、心からの笑みで。
それを見て、イヴァンも私も顔を見合わせ、笑みを浮かべたのだった。




